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前ページ次ページルイズと彼女と運命の糸 ※フェオの月 ティワズの週 ラーグの曜日 とうとう明日が使い魔召喚の儀式だ。 ついにこの日がやってきてしまった。 明日という日に、私は試されるのだ。この魔法学院に、強いては貴族というものに相応しいかどうかを。 始祖ブリミルよ、お願いします。明日の使い魔召喚の儀だけは、どうにか成功させてください。 もし、儀式を無事終える事が出来たなら、この先どのような苦難が待ち受けていようと、私はそれを受け入れます。 ですから、なにとぞわたくしめの願いを受け入れて下さい。お願いいたします。 ルイズと彼女と運命の糸 = サガ2 秘宝伝説 GODDESS OF DESTINY 異伝 = ※フェオの月ティワズの週イングの曜日 ―― 午前 結果から言うと、儀式は成功した。 そして、私が詠唱した通り神聖で美しく、そして強大(たぶん)な存在が召喚に応えた。 召喚されたのは、私と同い年くらいの少女だった。 肩にかかるほどの金髪が片目を隠し、体の線が良く分かるピッチリとした服を着ている。 よく観察すると、その服はかなり大胆なデザインで、胸の谷間がはっきりと見えてしまっている。 しかも、凄いミニスカートだ。走りでもしたら、容易に中が見えてしまうだろう。 そして、二の腕半ばまであるグローブと、太もも半ばまであるブーツを履いている。 全体的にみれば肌の露出は少ないが、きわどい部分が多々見受けられる。 褐色の肌が色気を振り撒き、男の目を釘付けにしてやまないだろう。 しかし、彼女の姿を直視する者は殆どいなかった。 なぜなら、金の髪から鋭く尖った耳が覗いていたからだ。 つまり、彼女はエルフだった。一人で優れたメイジ数十人分にも相当するとも言われるエルフだ。 かくいう私も、冷静に観察できているわけではなく、恐怖で足が竦みこの場から離れなくなったにすぎない。 彼女は、キョロキョロと周りを見渡し首を傾げている。 一見、何の害意も伺えないが、油断してはいけない。気を緩めれば最後、頭からマルカジリにされるのがオチだ。 永遠に続くかと思われた緊張を絶つ者がいた。 その救世主の名は、ミスタ・コルベール。私たちの先生だ。 心の中で拍手喝采をする。ひそかにコッパゲとか言っててごめんなさい。これからは真面目に講義を聞きます。 多くの者が固唾を飲んで見守る中、ファーストコンタクトは無事果たされた。 どうやら、いきなりこんなところに出てきてビックリしていたらしい。 ミスタ・コルベールとも普通に受け答えしていたし、意外と怖くないのかもしれない。 少しだけホッとした。 「ミス・ヴァリエール、彼女の事で話し合わねばならない事がありますので一緒に来て下さい。 オールド・オスマンの指示を仰ぎます」 まあ、そりゃそうよね。 エルフが使い魔なんて聞いたことがないし、何より私も嫌だ。 近くにいるだけで生きた心地がしない。 ◆ ◇ ◆ ―― 午後 そんなこんなで学院長に会いにいき、事情を話し合った結果、様々な事が判明した。 まず第一に、彼女はエルフではないそうだ。エスパーという種族らしい。 人にはない特殊な能力を使う事が出来るそうだ。 ……エルフと何が違うんだろう? よく分からない。 そして、私たちに最大の衝撃を与えた事がある。 それは、彼女は違う世界から来たというのだ。 最初は眉唾で信じる気など更々なかったのだが、彼女が語った世界を股にかけた冒険は真に迫っており、私はすっかり信じてしまった。 ミスタ・コルベールやオールド・オスマン、そして同席していた学院長秘書のミス・ロングビルも、いくらかは彼女の話を信じているようだ。 これからどうするのかと問うと、天の柱というモノを探すのだそうだ。 世界は天の柱で繋がっているそうで、それさえ見つければ元の世界に戻れると彼女は話した。 だが、ミスタ・コルベールが食い下がる。 聞けば伝統が云々、サモン・サーヴァントで呼び出されたモノは必ず使い魔にしなければいけないとか言っていた。 伝統や慣習も大切だと思いますが、それにこだわり過ぎるのはいかがかと思いますよ。 ていうか、ホント勘弁して下さい。 私が困った顔をしていると、オールド・オスマンが助け船を出してくれた。 曰く、保留にすればいいんじゃね? と。 それから話し合い、コントラクト・サーヴァントをするにしても、再びサモン・サーヴァントを試みるにしても、時間を置いてからという具合に落ち着いた。 そして、とりあえず彼女は、三ヶ月の間は私の使い魔として振舞ってくれると約束してくれた。 その代わりに、彼女の捜索を出来る限り手伝わないといけない。 三ヶ月後、もしも新たに使い魔を召喚する事に決まったら、エルフの不思議パワーで契約を絶ち切られたと言う事にするらしい。 なんか適当だ。 だがその場合、私は使い魔に逃げられたという不名誉な事実を得るわけで、 なんとしてもこの三ヶ月で彼女を籠絡しなくてはならないわけだ。 エルフが使い魔…… よく考えたら凄いメリットがあるのではなかろうか? メイジの、いや、人の天敵ともいえるエルフを使い魔にするなど前代未聞だ。 そしたら、私は『ゼロ』などと蔑まれなくても済むのではないか? それどころか、羨望の的だろう。少しやる気が出てきた。 よし! 彼女を使い魔にする。これが私の目標だ。 そう決意を新たにしていると、彼女がポンと両手を打ち鳴らした。 「ああそうだ。使い魔にはなれないけど、友達にならなれるよ。 よろしくね、ルイズ」 そう言って笑顔で手を差し伸べてきた。 友達…… か、いい響きね。 「よろしく……」 私はちょっとだけ恥ずかしくなって、言葉少なに握手をした。 ◆ ◇ ◆ ―― 夜 彼女にも名前があるのだが、後々に名前を残していいものか判断に迷うので、日記では『彼女』で通そうと思う。 不都合があるとも思えないが、何となく気になってしまったので、そういうルールを自分で敷く。 晴れて使い魔に出来たなら、彼女の名前を日記に記そう。 なんだか、その時が来るのが楽しみになってきたわね。 話し合いが終わり学院長室から出ると、既に日は暮れて夜になっていた。 以外と長時間話し合っていたんだ。 夕食を済ませた後、部屋で彼女と今後の打ち合わせをした。 使い魔のフリをしてくれるのだから、使い魔がなんたるかを話しておかなければならない。 といっても、本当の使い魔じゃないから五感の共有など出来はしないし、秘薬集めも私自身が必要としていないので意味がない。 そういうわけで、彼女に要求するのはただ一つ。 すなわち、私を守る事。これに尽きる。 何が出来るのかと聞くと、彼女は4つの特殊能力を使えると答えた。 「まずはね、炎の能力ね。辺り一面を火の海にしたり、一定範囲内のモノを消し炭に出来るわ」 「なんだか物騒ね…… 他には?」 「傷の治療かな。致命傷じゃなきゃ、ある程度までは治せるよ」 「便利ね―。水の秘薬いらずじゃない」 「あとは、指からビームを発射できるよ」 「ビーム? 何ソレ? まあいいわ。戦闘力は申し分ないみたいね。 今日は色々あって疲れたわ。もう寝ましょう」 「私のベッドは?」 「ソファでいいでしょ。じゃ、お休み~」 「……お休みなさい」 彼女は不満顔だったけど、気にしない気にしない。 それにしても、今日の日記は長いわね。十日分は書いたんじゃないかしら? さ、寝よ寝よ。お休みなさ~い。 ◆ ◇ ◆ ※フェオの月 ティワズの週 オセルの曜日 ―― 午前 今日は朝からキュルケに出会った。最悪だ。 アイツはこれ見よがしに、自分が召喚した火蜥蜴を自慢してきた。うんざりする。 そして彼女にも目をつけて、色々と話していた。 彼女がエルフ(エスパーだけど、キュルケは知らない)だという事は昨日のことで知っているはずなのに、物怖じしていない。 まあ、厚かましいだけよね。 ちなみに彼女の耳は、ヘッドバンドで抑えて目立たないようにしてある。 少しは騒がれずに済むはずだ。 午前の講義はミセス・シュヴルーズのものだった。 ミセス・シュヴルーズは講義室内を見まわしてから、使い魔の話を切り出した。 召喚された使い魔を見る事が毎年の楽しみだとか。 そして、ミセス・シュヴルーズは彼女を見ると僅かに顔をひきつらせたが、なにも言わずに授業を開始した。 たぶん、オールド・オスマンから聞かされていたのだろう。 騒がれないのに越したことはない。クラスの連中も、彼女の事を遠巻きにちらちらと観察しているようだ。 その視線がうっとおしいが無視することにする。 そして講義中に彼女と少し話しをした。 どうやら彼女も学校に行っていたことがあるようで、この空気が懐かしいらしい。 そう言えば、エルフは人間と比べて非常に長命だと聞く。 もしかしたら、彼女もこう見えて私よりもかなり年上なのかもしれない。 「失礼ね。まだ十六歳よ」 どうやら声に出てしまっていたようだ。彼女がムッとした顔になる。 しかし、同い年じゃないか。少し身近に思えた気がする。 そうして彼女とお喋りに夢中になっていると、ミセス・シュヴルーズに指名されてしまった。 錬金で石コロを望む金属に変えろというのだ。 よし、やってやろうじゃないか。 サモン・サーヴァントは成功したのだ。錬金もきっと成功する。 ―― 昼 結局、錬金は失敗した。 失敗の爆発は講義室内をしっちゃかめっちゃかにして、ミセス・シュヴルーズを吹っ飛ばしてしまった。 そのおかげで、午前の授業は潰れたが、私は講義室の片づけを命じられてしまった。 彼女が手伝ってくれたのでそれなりに早く終わり、昼食には間に合いそうだ。 そして、アルヴィーズの食堂に行く道中、彼女はこんなことを言ってきた。 「それにしても、凄いねルイズ。 あんな爆発が使えるなんて。私には真似できないよ」 皮肉だろうか? 彼女はニコニコ笑っているので、本気なのかからかっているのか良く分からない。 「私も頑張れば使えるようになるかな? アレ。 どうやったのか教えてくれる?」 ああ分かった、コイツ天然だ。悪気はないんだろうけど、それが殊更私の神経を逆撫でる。 ムカついたので昼食は抜きにしてやった。 彼女は不平不満を言っていたが、知ったことか。 これに懲りたら、不用意な言動は慎んでほしい。 ● ● ● 用意された食事に舌鼓を打っていると、彼女がデザートを配っていた。 なんでそんな事をしているのかと聞くと、お礼だそうだ。 どうやら、メイドが彼女に食事を用意したらしい。 その事に不満を感じるが、彼女はまだ正式には使い魔ではないのだ。 威張り散らして愛想を尽かされたのではたまらない。彼女を使い魔にすると決めたのだから。 そんな事を考えていると、騒ぎが起こった。 振り返るとギーシュが何かを喚き立てている。 その対象は彼女だった。 事情はよく分からなかったが、どうにも八つ当たりらしい。 周りのクラスメイトはギーシュを何とか諌めようとしているが、事情を知らない者は囃したてている。 マズイ、なんとかして止めないと。でも、野次馬の所為でうまく近づけない。 にしても、ギーシュは何を考えてるのかしら? 彼女がエルフだという事は、アイツも知っているはずなのに。 だけど、仲裁に入る間もなく、ギーシュは一方的に決闘宣言をして食堂から出て行ってしまった。 彼女に話しかけると、かなり怒っていた。 もう止めるのは無理そうだが、一応注意だけはしておく 「くれぐれもギーシュを殺さないでね?」 「善処するわ」 大丈夫かしら? すごく不安だ。 ―― 午後 午後の講義はもう始まっているというのに、ヴェストリの広場には多くの人間でごった返していた 人垣はギーシュを中心に円となっている。彼女と対峙している。 ギーシュが気障ったらしく前口上を述べていたが、私の耳にはほとんど入ってこなかった。 ただただ、彼女が人殺しをしないように祈っていたから。 杖さえ取り上げれば決闘は終わりだと教えたけれど、上手くやってくれるだろうか? そして、ギーシュが杖を振ると七体の青銅製のゴーレムが生まれた。 彼女はビックリしていたようだけど、慌ててはいない。余裕が見える。 それにしても、決闘の前に魔法を使うのはルール違反じゃないかしら? おもむろに、ギーシュは自分の魔法の特性を教え始めた。なるほど腐っても貴族、決闘は公平にという事か。 それに倣って、彼女も自分の魔法をギーシュに教えるため指を上に向けた。 そして…… 「貫通光線!」 その叫びと共に一条の光が空を貫き、上空の雲にポッカリと穴が開けた。 予想外の光景に、辺りが水を打ったように静かになる。ギーシュを見ると、顔が青ざめ明らかに腰が引けていた。 あらかじめ聞かされていたとはいえ、これには私もビックリだ。 自然と彼女の対面からは、野次馬が潮が引くようにいなくなる。巻き添えを喰らわないためだろう。 あんなもので手加減なんて出来る筈がない。 辞めさせようと決心するのと同時にギーシュが吠えた。 「くぅ…… 中々やるようだな! しかし、貴族は退かぬ媚びぬ、顧みぬぅ! 我が名はギーシュ・ド・グラモン! 推して参る!」 「その意気やよし!」 アンタ男だよギーシュ。そう、退かぬものを貴族と呼ぶのよ! 玉砕して来なさい、骨は拾ってあげるわ! 「行けっ! ワルキューレ!」 ギーシュが七体のゴーレムに合図を送った瞬間、彼女は指を突き付けた。 その瞬間、光が瞬き、全てのゴーレムは蒸発してギーシュは黒焦げになった。 ―― 夕方 「杖だけをふっ飛ばすつもりだったんだけど、失敗しちゃったわね」 彼女は肩を竦めながらこんな事をのたまいやがった。 あんなもの、直撃しなくても近くを通っただけで大火傷するに決まっている。 その事を告げると、『ああそういえば……』とか言っていた。気づいていなかったようね。 幸いギーシュは、火傷はヒドイものの命に別条はないそうだ。 でも、私には止められなかったという罪悪感があり、彼女にはやり過ぎたという罪悪感があるので、 お見舞いに行く事になった。 手土産として、フルーツの盛り合わせを持っていく。 医務室に入ると、クラスメイトのモンモンシーと栗色の髪の一年生がいた。 私たちが入室すると、二人とも涙目で睨んでくる。 ギーシュの浮気が原因で自業自得だというのに、放って措けないみたいだ。 これが惚れた弱みというヤツか。 長居するのも何なので、フルーツをモンモランシーに押し付けると、私たちはそそくさと医務室を後にした。 ギーシュとはいうと、一年生の膝の上で幸せそうに眠っていたので問題ないだろう。 ◆ ◇ ◆ ※ウルの月フレイヤの週ダエグの曜日 アレから1週間が過ぎた。 学院長室に呼ばれて決闘の件を注意されたが、それ以外は特に何事もなく過ぎていった。 この1週間でそれなりに彼女の事を知ることが出来た。 聞く所によると、彼女は秘宝というモノを探しているらしい。 秘宝というのは、持っているだけで力を与えてくれるもので、今では存在しない古い神々が残した遺産なのだそうだ。 彼女も幾つかの秘宝を持っているようで、その中の1つの鏡を見せてくれた。 鏡には『0』と数字が浮かんでおり、これはこの世界に秘宝が存在しないという事を示しているらしい。 彼女が秘宝を集める切欠となったのが、父親の存在らしい。 その父親は、秘宝を悪用させないため、彼女と母親を残して世界中を飛び回っていたそうだ。 そんな父親を彼女は尊敬し、父に追い付くために秘宝を集めていたそうだが、その過程で現地妻の存在を知ることになった。 それを知って彼女は激怒し、今では父親を見返すために秘宝を集めているらしい。 酷い父親もあったものだ。彼女の感情には大いに賛同する。 あと、自由時間に学院の外に出て周囲を探索していたらしいが、天の柱というものは見つからなかったそうだ。 そりゃそうよね、そんなに高い塔なんて見たことがないもの。 少し落ち込んでいたので、町に行ってみないかと誘った。幸い明日は虚無の曜日だ。 そうすると、彼女は喜んでくれた。 ならば話は早い、明日に備えて早く寝よう。 ◆ ◇ ◆ ※ウルの月 フレイヤの週 虚無の曜日 ―― 日中 久しぶりの城下町だ。相変わらず大勢の人が居て活気がある。 この光景には、彼女も目を見開いている。連れてきた甲斐があった。 今日は楽しもう。 観光名所を梯子して、彼女にこの国を紹介して回った。 彼女は私の説明にしきりに頷き、感心していた。トリステインがいい国だと分からせるのも大切だと思う。 だが、観光もいいがそれだけでは息が詰まる。 年頃の女の子らしく、午後はショッピングだ。 服や身の回りの小物を見て回り、気がつくと秘薬を取り扱っている店にいた。 『ピエモンの秘薬屋』は、路地裏にあって大して大きくない店だが、中々どうして掘り出し物が多い。 出来合いの秘薬も質が良く、知る人ぞ知る隠れ家的な良店なのだ。 冷やかし程度で秘薬屋を出ると、向かいの店が武器屋だという事に気がついた。入る前は気がつかなかった。 彼女は興味を持ったらしく、私は手を引かれて武器屋に入った。 店内は薄暗くて黴臭くて埃臭くて辛気臭くて、すぐにでも出て行きたかった。 でも、彼女が並べられている武器を眺めていたので、私も仕方なく横に並んで見物する。 店主が色々と話しかけてきたが、吹っかけてきているのが見え見えだった。まあ、少しは為になる話も聞く事は出来たけど。 どうやら、巷では従者に武器を持たせるのが流行っているらしい。 というのも、『土くれフーケ』なる怪盗が猛威を奮っているらだそうだ。 怪盗なんてどうでもいいが、彼女も建前上は私の使い魔なのだから武器の一つくらい持っていた方がいいだろう。 毎回あのビームを打たれたのでは、たまったものではないというのも理由の一つだけどね。 そういうわけで、扱いやすそうな細剣をプレゼントした。彼女も喜んでくれたようでなによりだ。 あと、彼女自身も短剣を買っていた。 店主が言うにはナマクラらしいが、彼女はそんなことは気にしていないようだ。 持たせてもらったが、刃に指を立てても全然切れそうにない。これなら、ペーパーナイフの方がマシだ。 何故こんなモノを買ったのかを聞くと、どうやらこの短剣、彼女の世界の物らしい。 魔力を込めることで切れ味を発揮する武器なのだそうだ。 なるほど、それなら平民にはそれが分かる筈がない。私も言われなければ気付かなかっただろう。 試しに魔法を使う要領で集中しながら短剣を振るうと、バターを切るように石壁に裂傷が走った。 急いでその場から走って逃げた。切れ味が良すぎる。 そうそう、どうして彼女がお金を持っているのか不思議に思ったけれど、偶々持っていた金塊をオールド・オスマンに売り払ったからだそうだ。 なるほど、だから結構な額を持っていたのか。 でも、金塊って偶々持ってるようなものだっけ? ◆ ◇ ◆ ―― 夜 何故かキュルケが私の部屋に来た。(何故か蒼髪の少女を連れて。クラスメイトだけど、名前を知らない) どういうわけか、彼女にプレゼントを持ってきたようだ。 プレゼントは剣だった。しかもただの剣じゃない、インテリジェンスソードだ。 たしか、あの武器屋にあったものではなかったか? 話しかけられた記憶がある。 でも、どうでもよすぎるので、今の今まで忘却の彼方に追いやっていた。 剣は身売りされたとシクシクと情けない声で泣いていた。気持ち悪い。 事情を聴くと、相場の倍の値段で買い取ったらしい。そりゃ剣も泣くわ。 彼女はこの剣が気にいったようだった。たぶん、同情もあるのだろう。 だがしかし、そうは問屋がおろさない。 ツェルプストーから施しを受けるなど、ヴァリエール末代までの恥。 断固拒否。絶対にノゥだ。 「そんなムキにならなくていいのに……」 そうは言うけどね、人には譲れないものがあるのよ。 喧々諤々と口喧嘩をした結果、決闘で決着をつける事になった。 決闘方法はロープでつるされたデルフリンガー(インテリジェンスソードの名前)を魔法で地上に落とすというものだ。 デルフは喚いていたが、鞘に納めると静かになった。鞘に納められると喋れなくなるらしい。 決闘は私が先行で有利に思えたが、結果はキュルケの勝ち。 私は無意味に学院の壁を爆破しただけだった。 悔しがっていると、三十メイルはあろうかというゴーレムが現れた。 そのゴーレムは、あっという間に学院の壁を破壊し、その穴に何者かの人影が飛び込むのが見えた。 私たちは逃げるのに精いっぱいで、何もすることが出来なかった。 ◆ ◇ ◆ ※ウルの月 フレイヤの週 ユルの曜日 ―― 朝 早朝、私たち4人は学院長室に呼び出された。 昨晩の事情聴取の為だ。 一通り事情を説明し終えると、オールド・オスマンが昨晩の犯行は『土くれフーケ』の仕業だと切り出した。 犯行声明が残っていたらしい。 それからは大変で、先生方がお互いに責任を擦り付け合って、見るに堪えない光景が展開された。 そんな騒ぎも、オールド・オスマンの怒声でピタリと止む。 オールド・オスマンが言うには、宝物庫が破られたとはいえ、盗まれたものは何もなかったらしい。 なら、一体何のためにフーケは宝物庫を破ったのだろうか? 皆もそれが疑問らしく、一様に首を捻っている。 その答えは、宝物庫にあった。 宝物庫の壁には、こう記されていたとミスタ・コルベールが説明する。 『誰にも破れぬ宝物庫の信用を確かに領収いたしました。土くれフーケ』 なるほど、確かに信用は丸つぶれだ。 しかし、フーケも変な事をするものだ。宝物の一つも取らないとは。 オールド・オスマンは苦笑しながら、自身の予想を語ってくれた。 それによると、フーケは目当ての物を盗み出せなかったので、そんな機転を利かせたのだろうと。 そして、フーケは『破壊の杖』を盗もうとしていたのだろうと、オールド・オスマンは言う。 フーケが盗み出せなかったという『破壊の杖』とは、一体何なのだろう? それを尋ねると、説明するよりも実物を見る方が早いと宝物庫に案内された。 『破壊の杖』を見て、なるほどと誰もが納得した。 『破壊の杖』は大き過ぎたのだ。一人で持ち出せるわけがない。 オールド・オスマンによると、この『破壊の杖』は数十人がかりで『レビテーション』を使わないと移動させる事が出来ないらしい。 「フーケも『破壊の杖』がこんなモノだとは思わなかったのでしょうね……」 そう言ったのは、学院長秘書のミス・ロングビルだ。その言葉に私も頷く。 そもそも、どうしてこれが杖なのか? 鉄で出来た箱から、これまた鉄で出来た管が突き出しているようにしか見えない。 これに杖などという名が付いているのは、詐欺でしかないと思う。 「これって、『レオパルド2』?」 キョトンとした顔で彼女が呟くのが聞こえた。 どうやら、彼女はこれが何なのかを知っているみたいだ。 なんでも最新鋭の搭乗兵器らしく、戦車という物らしい。 オールド・オスマンはコレを手に入れた経緯も話してくれたが、長ったらしいので割愛する。 要約すると、命の恩人から譲り受けたものらしい。髭がダンディなおじさんだとか。 さて、フーケについてはこれぐらいにしよう。 今夜は『フリッグの舞踏祭』だ。彼女にもドレスを見繕ってあげないとね。 夜が楽しみだ。 ―― 夜 気合を入れて着飾ると、普段は私の事を馬鹿にしている奴らがワラワラと寄ってきた。 でも全員振ってやった。わたくし、そんなに安くなくってよ。 そして、彼女と踊った。女同士で踊るのはどうかと思ったが、ロクでもない奴らと踊るよりはましだ。 彼女は踊った事がないらしく、たどたどしいステップだったので私がリードした。 双月が綺麗な夜だった。 前ページ次ページルイズと彼女と運命の糸
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前ページ次ページTALES OF ZERO 第七話C 王都トリスタニア ~トリステインのマッハ少年~ 「わぁ、すごい人だかりですね。」 ルイズ達は、おじさんが言っていたレースの開催場所にすぐ辿り着く事が出来た シエスタの言うとおり、この場には結構な人だかりが出来ている スタート地点と思われる所をC字で囲んでいる為、奥の方は見えない 「これだけ人が多いと何処に主催者がいるのかわかんないわね。」 ルイズは背伸びをして奥を見ようとするが、人が多くてよく見えない うーっと唸った後、後ろにいる才人の方を振り返った 「サイト、あんたこのレースの主催者を探してきなさい。」 「ええっ、何で俺が!?」 そこまでする義理なんてない…そう言って才人は断ろうとした 「文句は聞かないわ。早く行かないと、あんたの昼ご飯は抜きだからね。」 「んな無茶苦茶な…はいはい、解りましたって。」 しぶしぶ了承すると、才人はこのレースの主催者を探す為に人ごみの中へ入ろうとした しかし、隙間が殆どないせいで、全く先へ進めない 「くそ、何でこんなにいるんだよ…これじゃ先に進めねぇじゃねーか。」 「ん、何だ?お前もこのレースに参加しに来たのか?」 悪戦苦闘している才人に、近くにいた男が声を掛けてきた 「いえ、そういうわけじゃなくて……。」 「やめとけ、やめとけ…お前みたいな奴があんなガキの足に追いつけるかって。」 「ガキって?」 その意味が解らない才人に、男は場所を譲って奥を指差す ようやく見えたその場所には、金髪の少年の姿があった 「あのガキ凄いもんだぜ。さっきから何人も挑戦してるのに、全然追いつけないんだ。」 俺もその一人だったんだがな…と、苦笑しながら男は答える 「へぇ…要するに、あの子に勝てば賞金が貰えるって事か。」 「そうそう。参加費は1エキューだが、賞金は200エキューだ…で、やるつもりなのか?」 「いや、俺はレースに参加したいんじゃなくて、主催者に会いたいんですけど…。」 大体自分の金なんてないので、レースなんか参加できない 自分の目的を告げると、男は親切にも情報をくれた 「ああ、このレースの主催者な…刺青をした男とゲルマニア人の女だぜ。」 「刺青をした男とゲルマニア人の女?」 自分の知っている人物と同じ特徴である事に、まさかと思った 「そもそも、そいつ等がいきなり此処に現れてレースをおっぱじめたのが始まりなんだ。」 「そ、そうですか。で、その二人は今何処に……。」 「さぁ、他に挑戦者はいないのか?」 尋ねようとする才人の声を遮り、奥から男の声が聞こえてきた 「もう一度言うが、指定されたコースを先に三周した者に賞金200エキューだ。」 「参加料はたったの1エキューよ、この子に勝つだけでいいんだから。」 続いて女の声…どちらも聞き覚えのある声だった 再度奥を見ると、今度は男の子の隣に男と女の姿があった 一人は帽子を被った刺青…いや、ペイントを纏った男 もう一人は褐色の肌にトリステイン魔法学院の制服を着た、ゲルマニア人の少女だった 「キュルケ…それに、クラースさん!?」 二人の名前を、才人は驚きながら呟いていた 「全員、位置についたな。」 数分後、スタートラインに少年が配置についた 挑戦者達も左右に並び、始まりの合図を待っている 「では、スタート!!!」 クラースの掛け声と同時に、次のレースがスタートした 少年も挑戦者も、一斉にコースに沿って走り始める 皆揃いも揃って早く、あっという間に姿が見えなくなってしまった 「行ったな…キュルケ、今どれくらい貯まった?」 「21エキュー…まだまだ、目的値まで掛かりそうですわ。」 そう言って、参加者が払ったエキュー金貨の入った袋を見せる 「そうか…あの子にはどんどん頑張って貰わないとな。」 「そうそう、どんどん頑張ってもらわないと。」 クラースが笑みを浮かべ、それにつられてキュルケも笑う そんな二人の前に、何とか人混みを越えて才人がやってきた 「クラースさん!!」 「ん…おお、才人。どうして此処に?」 「それはこっちの台詞ですよ。何をやっているんですか?」 二人が子どもを使って金儲けをしていると思い、非難めいた口調で問いかける その様子が面白いのか、キュルケが笑みを浮かべながら近づいてくる 「何って…ちょっとした人助けをしてるのよ。」 「人助け?」 こんなレースをする事で、誰を助けているというのか? 才人の言葉に、フフッとキュルケが笑う 「教えてあげるから、ルイズも連れてきなさい…いるんでしょ、あの子も。」 「えっ……あ、ああ、解った。」 才人はキュルケの言葉に従い、ルイズを連れに戻った その少し後に、少年が一周目を終えてスタートラインに戻ってくる 「おっ、早いな。あと二周、頑張れよ。」 「はい!!!」 少年はそう答え、その姿はすぐに見えなくなった その直後、才人がルイズとシエスタを連れて戻ってくる 「クラース先生、これはどういう事?」 「クラースさん、ミス・ツェルプストー…こんにちは。」 会った即座にルイズはクラースに問いかけ、シエスタは礼儀正しく挨拶する 「シエスタまでいるのか…まさか才人、二人を連れてデートか?」 「違いますよ、俺はルイズの買い物に付き合わされただけです。シエスタは…色々あって。」 才人はこれまであった出来事を、二人に簡単に説明した 「………成る程、そいつは大変だったな。」 「はい、此処に着てから色々と大変でしたよ…少しだけ良い事はありましたけど。」 最後の方は小声で呟き、思わずにやけそうになるのを抑える 「そんな事は良いから…早くこっちの質問に答えてよ。」 「ああ、解った解った…本当なら、彼女に指輪を貸してもらう為に一日付き合っていたんだが…。」 そこまで言うと、クラースは少年が走っていった方向を振り向く 「あの子と会ってしまってな…色々と事情があるから、少し手助けをしてやっている。」 「事情って?」 「それはね…。」 そこからキュルケに交代し、彼女はその事をふまえてこれまでのいきさつを話し始めた 『このガキ!!!』 あの後、クラースは少年を連れて広場へと戻ってきた 自分の下へ金が戻ってくるなり、怒った男は少年を思いっきり殴り飛ばす その衝撃で地面に叩きつけられた少年を、男がその胸倉を掴んで無理やり起こした 『ご、ごめんなさい、ごめんなさい…。』 少年は男に向かって、涙を流しながら必死に謝った 殴ったせいで口の中を切ったらしく、つぅっと血が流れている 『ああっ、謝ればすむとでも思ってるのか!?』 男がもう一度拳を振り上げ、再度殴りつけようとする その拳を、クラースが腕を掴む事で止めた 『もうそれで十分だろ…金は戻ったし、彼も自分の罪を自覚した…これ以上何を望むつもりだ?』 『で、ですがこいつは……。』 男が少年を見ると、涙に塗れたその表情が目に映った 本来気の良い男はそんな少年の姿を見て気まずくなり、これ以上の罰を与えるのを止める事にした 落ち着きを取り戻すと、少年の胸倉を掴んでいた手を離す 『す、少しやりすぎちまったかな…貴族様、こいつの処遇はどうします?』 『そうね…私は衛士に引き渡すべきだと思うけど。』 自分も最初はそうしようと思っていたが…クラースは少年の様子を見る 彼は未だに涙を流しながら、体を震わせている 『………この少年の処遇、私達に任せて貰えないだろうか?』 『へっ、貴族様方が?』 『ああ、この子の事は私達がきっちりとカタをつける…だから、それで納得してくれないか。』 『そ、そうですか…じゃあ、この坊主の事はお任せします。』 では、と男は戻ってきた金を持ってそそくさとその場を立ち去っていった この場に三人だけとなった後、キュルケが尋ねてくる 『それで、この子をどうしますの?私の魔法で火あぶりにするか、先生の魔法でズタズタにするか…。』 『ひっ!?』 彼女の言葉に、少年は気を失いそうになって体がふらついた その彼の体を支えつつ、クラースは呆れた表情で彼女を見る 『おいおい…こんな幼い子を脅すんじゃない。』 『ですけど、貴族から物を盗むなんてそうされても文句は言えませんわ。』 貴族には逆らってはいけない…それが、このハルケギニアの常識 勿論キュルケはその気はないが、下手をすれば子どもでも容赦ない裁きが下される 『き、貴族様の指輪は盗むつもりなんてなかったんです…あの時は逃げるのに必死だったから。』 『いや、私が聞きたいのはそんな言い訳じゃない。』 クラースはそう答えると、ポケットからハンカチを取り出した そのハンカチを、少年に差し出す 『取り敢えず、その顔を拭きなさい…話はそれからにしよう。』 少年は戸惑いながらもハンカチを受け取ると、それで自分の顔を拭った 涙塗れだった顔を綺麗にし、落ち着きを取り戻す 『では、何故あんな事をしたのか話してくれないか?何か事情があるようだったし…』 クラースの言葉に、少年はどうしようかと戸惑った だが、ゆっくりと…自身の事情について話し始めた 少年は姉と母親の三人でこのトリスタニアで暮らしている…父親はいない 貧しい暮らしではあるが、優しい母と気の強い姉がいるのでそれを苦とは思わなかった だが、最近になって母親が病に掛かってしまい、倒れてしまったのだ 普通の薬では治らず、値の高い秘薬でなければ母の病は治らない しかし、少年の家にはそんな秘薬を買えるほどの金はなく… ……………… 『成る程…母親の治療費を手に入れる為に、こうやって盗みを。』 『はい…母さんの具合はどんどん悪くなるし、姉さんの稼ぎだけじゃ薬が買えないから。』 今すぐお金を手に入れたい…だから、盗みを働こうとした その最初の相手があの男で、結果がこの通りとなってしまった 『君が母親を想うのは解った…だが、その為に犯罪に手を染め、命を落しては元も子もないだろ。』 『でも…僕なんかに出来る仕事なんて…。』 自分はまだ幼い…故に出来る事が限られている いくら自分がお金を稼いでも、少しの足しにもならないだろう そんな事をしている間に、母は…… 『それに、君が罪を犯せばその家族にだってとばっちりがいく…君は君自身の手で家族を不幸にしてしまうんだぞ。』 クラースの言葉にハッとなった少年は、もうそれ以上何も言えなかった 顔を下に向け、彼にとって長い沈黙の時間が訪れる 『…兎に角、もうスリなんかするんじゃないぞ。二度目はないからな。』 『………はい。』 気弱な返事を返すと、少年は背を向けれとぼとぼと歩き出した あの様子だと、もう二度と盗みを犯す事はないだろう 『あの子、これからどうするのかしら?』 『さあな…可愛そうだが、仕方がない事だからな。』 二人はジッと、去っていく少年の悲しい後姿を見つめる そんな時、クラースは先程の事を思い返した 『そう言えば、あの子の足…中々のものだったな。』 並みの人間では、あの足にはついていけない…本人も自分の足に自信を持っていたのだろう 先程のあの少年の走りっぷりに、自分が知っているある少年の走りが重なる 『足か………そうだな、良い案が浮かんだぞ。』 そう言うと、クラースは立ち去っていく少年の下へと駆け寄った 『君、母親の病を治す秘薬の事だが…どれ位のものなんだ?』 『え…えっと、100エキューくらいです。』 100エキュー…この案が上手くいけば、手に入れられない額ではない 『クラース先生、まさかその子に自分のお金を恵んであげるつもりですの?』 『そうじゃない、彼に少し社会勉強をさせようと思ってな。』 『社会…勉強?』 『そうだ。犯罪じゃなくて、君自身が働いて稼ぐんだ…自分の足で。』 僕の足…そう呟いて、少年は自分の足を見つめる この足で、一体何が出来るのだろうか? 『僕の足で…一体何が出来るんですか?』 『私も気になりますわ…一体何をさせるつもりですの?』 少年もキュルケも、クラースが何を考えているのか解らない そんな二人に向けて、彼は自身の思いついた案を説明する 『ああ、それはな…。』 「それで始めたのがこのレース…ってわけよ、解ったかしら?」 そこで、キュルケは三人に事のあらましを説明し終えた その間に少年は二周目を終え、最後の周回へと入っていた 挑戦者達も負けずに追いかけるが、その差は縮まらない 「解ったけど…よくこんな事する許可が貰えたわね。」 「確かに、何事だって衛士とかが来たな…その辺の問題は彼女が解決してくれた。」 「私がお願いしたら快く了承してくれたわ。」 そう言ってセクシーポーズを取るキュルケに、ルイズは呆れる 実際は金貨を少し握らせて、黙認するよう頼んだのだが 「でも、レースか…これって、アルヴァニスタの…。」 「ああ、彼は足が速いからな…それで、アレをすればと考え付いたんだ。」 アレとはアルヴァニスタの都で行われる、レース大会の事だ 街中をマッハ少年相手に駆け抜け、先に三周する…勝てば称号と好きな商品が貰える それを元に、彼相手に賞金200エキューを掛けてのレースをする事を思いついたのだ 「そう言えば俺、全然あいつに勝てなかったんだよな。」 アーチェにアルヴァニスタの都に連れて行って貰った際、才人もマッハ少年に勝負を挑んだ しかし、勝敗は才人の全戦全敗…勝負にすらならない、酷い結果だった あの時の事を思い出し、苦虫を噛んだ表情になる 「でも、大丈夫なんでしょうか?そんな大金なら、賞金を手に入れようと卑怯な手を使う人がいるかも…。」 先程暴漢達に襲われた事から、シエスタはそんな不安を抱く 「ああ、その辺は心配無用だ。コースはしっかり監視させているからな。」 「監視?監視って…。」 その意味を尋ねようとした時、向こうの方で突風が巻き起こった 同時に男の悲鳴のような声が聞こえたが、やがて静かになる 「また、ルール違反者が出たか…懲りないな、本当に。」 「あれって…まさか、クラースさん…。」 「ああ、こっそりシルフに監視させているんだ。ルール違反者には制裁を加えるよう指示している。」 精霊がよくそんな事了承してくれたな…才人は関心する その間に、少年は無事に三周目をゴールした 「ゴールおめでとう、これで君の5連勝だな。」 「はぁ、はぁ、はぁ……つ、疲れました。」 クラースが賞賛を送るが、少年は疲れて地面に座り込んでしまった そんな彼にクラースはグミを渡す…ミックスグミだ 「ほら、これを食べて…目標金額まではまだまだだぞ。」 「は~い。」 渡されたグミを食べ、少年の体に活力が戻ってくる 走り続けるのは大変だが、その顔には先程までの絶望した表情は無かった その間に他の挑戦者達が次々とゴールする 「チクショー、また負けたーーー!!!」 「何だよ、あの足。全然追いつけねぇぞ!!」 「何か仕掛けがあるんだ。そうに決まってる!!!」 どうやっても勝てない為、戻って来た参加者は口々に不平不満を告げる 「何を言うんだ。このレースには種も仕掛けもないぞ。」 「嘘だ、こんなガキに負けるわけが…さっきだって、物凄い突風が…。」 「彼が速いのは、彼の実力があってこそだ。それに、突風はルール違反者への制裁だと始める前に説明しただろう。」 「しかし……。」 「見苦しいぞ、君達。」 それでも納得しない挑戦者達…その時、何処からともなく男の声が聞こえてきた 「自分の負けを素直に認めないとは…男らしくないな。」 二度目の声に全員が振り返ると、黒い服を纏った三人組が姿を現した 「あ、あの人達は…。」 その三人組に、才人だけでなくルイズとシエスタも見覚えがあった 漆黒の翼…最強の傭兵を名乗っていたあの三人組だ 「もう会わないと思ったのに…。」 「また会ってしまいましたね。」 少し頭が痛くなったルイズ、苦笑を隠せないシエスタ その間にも、グリッドはクラース達へと近づく 「話は大体聞いている…君は中々の走りっぷりを見せるそうじゃないか。」 「は、はい…それなりに。」 「だが…最速は私だと自負している。この音速の貴公子であるグリッドが。」 自分の足に自信があるのか、自信たっぷりに宣言するグリッド 「音速の貴公子?聞いた事あるか?」 「いや、全然。」 などと町人の囁きが聞こえるが、彼には聞こえていない グリッドは更に近づき、少年の前へ立つ 「少年、この私と勝負してくれないか?どちらが最速に相応しいか決めようじゃないか。」 「ええっ、そんな…いきなりそんな事言われても…」 相手の自信の強さから、思わず少年は怖気づいてしまう そんな彼に、ミリーが気軽に話しかけてきた 「勝負してやってくれない?この馬鹿が高い買い物したから、お金が殆どなくなってね。」 「何を言うんだミリー。我々漆黒の翼に相応しい名剣を買ったというのに…。」 そう言って、グリッドは腰に付けている鞘から少しだけ剣を引き抜く それは先程才人達に見せた物と違って、黄金色に輝いているのが見えた 「あんたねぇ…あたし達が持っている金で、名剣なんて買えるわけないでしょ。」 偽物よ、偽物、なのに…と、ミリーはグリッドに軽蔑の眼差しを向ける その間に、気弱になった少年はクラースに助けを求めた 「く、クラースさん…どうすれば良いでしょうか?」 「何、君は十分速い…だから、堂々と勝負を受ければ良いさ。」 「で、でも……。」 それでも不安になる少年…震えている彼の肩に、クラースは優しく触れる 「……マッハ少年。」 「えっ?」 「私の故郷では、最速の走りを見せる少年はそう呼ばれている…君は、それを冠するに相応しいと私は思っている。」 少年が顔を上げると、そこには優しく微笑んでくれているクラースの姿があった その励ましを受け、視線をクラースから自分の足へと移す 僕の足…今まで誰よりも速く走って、かけっこに負けた事のない僕の足… 「………解りました。僕、この人と勝負します!!」 「良くぞ言ったな、少年…いざ、尋常に勝負!!」 「では、二人とも…スタート位置に並んで準備してくれ。」 クラースの言葉に、少年とグリッドはスタートラインに並んだ 少年のスリから始まったこのレースは今、最高の盛り上がりを見せていた 挑戦者である漆黒の翼のリーダー、グリッドの登場によって… 「グリッド、頑張りなさいよ~。」 「兄貴、頑張るでヤンス!!!」 彼の仲間であるミリーとジョンがグリッドを応援し… 「大丈夫、君なら勝てるわ。」 「頑張れよ~。」 「頑張ってください。」 キュルケや才人、シエスタ達が少年を応援する… 周囲の観客達もそれぞれが二人を応援している そんな応援の声を聞きながら二人は一度だけ互いを見た後、正面を見据えた スタートの合図を待つ……そして 「では…スタート!!」 クラースの合図と同時に、二人は一斉に走り出した 少年は自分のペースで走るが、グリッドは最速の走りで独走する 「うわっ、はやっ!?あの人滅茶苦茶速いぞ。」 「当然でヤンス。兄貴は俺の知ってる中でも最速の走りを見せてくれる男でヤンス。」 音速の貴公子は伊達では無かったらしい…どんどん、少年との差が開いていく しかし、少年は慌てる事無く自分のペースを乱す事無く走り続ける 「まあ、足が速いのは確かなんだけどね…。」 走り続けるグリッドを見ながら、ミリーは含みのある言葉を呟く 彼女の言葉に才人は疑問を浮かべる…そして、その答えはすぐに解った その時、グリッドは最初のコーナーへと差し掛かっていた 本来はそこを左へ曲がる…のだが 「ん…くくっ、うおおおおおおおおっ!!!!!」 グリッドが突然叫び声を上げ…彼は曲がりきれずに壁と激突した 殆ど勢いを殺せないままぶつかった為、仰向けにひっくり返る 「あっ…思いっきり壁に激突した…。」 「あ、兄貴~~~!!!」 倒れたグリッドにジョンが駆け寄っていく…その間に少年はコーナーを曲がり、走り続ける 「やっぱり…あいつは足が速いのは良いんだけど、走り始めたら曲がれないのよね。」 「何よ、それ…。」 周囲から溜め息が漏れる…その間にジョンがグリッドの名を呼び続けている しかし、グリッドは完全に気を失っており、目覚める気配は無い 結局、彼が目覚める事がないまま少年が完走してしまう 「結果は、彼の圧勝…と。スピードが良くても、それを生かしきれてなければ意味がないな。」 「その通りね。この馬鹿が起きたらそう言っておくわ。」 クラースの言葉に同意したミリーは、ジョンに担がれているグリッドを見る うーん、うーん…と、唸っている姿がどうしようもなく情けない 「こいつに少しでも期待した私が馬鹿だったわ…じゃあ、騒がせてごめんなさいね。」 1エキューをクラースに払い、漆黒の翼の面々はその場から立ち去っていく あれだけ勢いがあったのに、何ともあっけない幕切れであった 「さぁ、此処でお別れだ。」 夕方…王都の出入り口の近くで、クラース達の姿があった レースは大盛況で終わり、参加者達から金貨も多く稼ぐ事が出来た そこで、クラースは少年に金貨の入った袋を渡す 「これが今日君がレースで稼いだお金だ…受け取りなさい。」 「はい……あれ、でもこれって多くないですか?」 少年の言うとおり、袋の中には100エキュー以上は入っていた 今回のレースで稼げたのは、40エキューくらいなのに… 「君は家族の為に頑張ったからな…それはボーナスだ。」 「でも…こんなに沢山貰えません。だって、僕は……」 「何言ってるの、それだけあればお母様の薬を買う事が出来るでしょう?」 戸惑う少年だが、そんな彼をキュルケが優しく後押しする 「人の好意は素直に受け取っておきなさい…何時でも好意が受けれるわけじゃないんだから。」 「キュルケさん………はい、解りました。」 「そうそう、素直なのが良いのよ。」 キュルケは彼の頭を優しく撫で、その彼は少し顔を赤らめていた そして、彼は貰った金貨の袋を大切に握り締め、その場を去っていった 「クラースさん、キュルケさん…ありがとうございます!!」 王都の入り口の所で振り返り、二人に大きな声で感謝の言葉を告げる そして、彼は母と姉の待つ家へと帰っていった 「ふーん…随分と優しいのね、財布を取られたのに。」 「あら、良い女は些細な事は気にしないものよ…貴方と違ってね。」 キュルケの物言いに、カチンと来たルイズは彼女に詰め寄ろうとする 止めとけよ、と才人が宥めたので何とか未遂に終わったが 「何はともあれ、これで一件落着だな……いや、まだあるな。」 そう言って、クラースが向こうの丘に沈んでいく夕日を見つめる しばしの沈黙が続いた後、キュルケの方に振り向く 「キュルケ…こんな一日だったが、指輪は貸してもらえるかな?」 「そうね…今日はあんまりデートって気分を味わえなかったし…。」 どうしようかしら…と、悪戯な笑みを浮かべながら彼女はクラースを見つめる そんなキュルケに対し、クラースは終始真剣な表情を見せる その様子を三人が見守る中、フッとキュルケは笑った 「でも、約束は約束ですものね。」 キュルケは懐からガーネットの指輪を取り出すと、クラースへ差し出す 「良いのか?」 「先生との一日はそれなりに楽しかったですから…それに、これは元々先生の物なのでしょう?」 だから、貸すと言わずにお返ししますわ…と、キュルケはクラースの手に指輪を置く ありがとう、と彼女に感謝するとクラースは受け取った指輪を見つめる 「どうですか、クラースさん?」 「………間違いない、これは私の契約の指輪だ。」 この感触…指輪を通して伝わる、火の精霊の力… それが、これが本物である事の何よりの証拠だった 「さっそく試してみたいが…此処では少し目立つから、場所を移動した方が良いな。」 確か、この近くに丘があった筈である…そこでイフリートを呼び出そう その場所へ向かってクラースは歩き出し、才人達もその後へと続いた 「さて、始めるとするか…。」 王都から少し離れた丘の上…そこにクラースは立っていた 才人達も彼から少し離れ、その様子を見守っている 「一体何が起こるのかしら?ワクワクするわ。」 「見ていれば解るわよ、少し黙ってなさい。」 ルイズがそう言っても、キュルケは今の感情を抑える事が出来ない それもその筈、自分の家宝でどんな魔法が出来るのかに興味が沸いていたからだ 彼等が話している間、クラースはジッとガーネットの指輪を見つめていた 「イフリート…いるのなら、出てきてくれ。」 そう願い、クラースはガーネットの指輪を嵌める…そして、召喚の詠唱を唱え始めた 『我が名はクラース・F・レスター…この儀式を司りし者なり。』 『我が盟約に答え…我に秘術を授けよ…。』 『来たれ…炎を統べる者よ、火の化身よ………イフリート!!!』 猛々しい、火の化身を呼び出す詠唱…それが才人達の耳に聞こえる そして、詠唱を唱え終えた時…彼等の前に炎が姿を現した その炎はクラースよりも二回りも大きなもので、激しく燃え上がっている 『久しいな…我が主よ。』 炎から声が聞こえてきた…すると、燃え上がる炎は形を整え始める それは屈強なる体を持つ、炎の魔人へと変貌した 「これは…」 「イフリート…四大元素の一つ、火を司るものだ。」 ルイズの問いかけに答えると、クラースはイフリートの元へと歩み寄っていく 「何か…ちょっと怖いですね。」 「此処からでも、あの炎が凄いのが解るわ…今まで見たどの炎よりも…。」 「大丈夫だって、あれもクラースさんの魔法だからさ。」 イフリートの姿にシエスタは怯え、キュルケはその炎に戦慄を覚えた そんな二人を才人が落ち着かせている間に、クラースはイフリートとの対話を行っていた 『主よ。我が主と別れて幾年もの月日が流れたが…こうして再び相見えた事を嬉しく思うぞ』 「私がこの世界に来たのはつい最近だったが…やはり、時間を越えていたのか。」 それに姿も…シルフと同じように、変わっている事に気付く より魔人らしい体格は、あらゆる物をその炎で屠る事が出来そうだ これも、この世界のマナの影響だろうか? 「イフリート、早速で悪いんだが…またその力を私に貸してくれるか?」 『ならば、契約の呪文を唱えよ…さすれば、我は再び主の力となろう。』 勿論…と、クラースは指輪を嵌めた手を前に突き出すと、契約の呪文を唱え始めた 「我、今火の精霊に願い奉る…。」 「指輪の盟約の元、我と契約を交わしたまえ…。」 「我が名は…クラース。」 契約の呪文を唱え終えると、ガーネットの指輪が赤く輝く これで契約は成立し、クラースはイフリートを再び使役出来るようになった 「やりましたね、クラースさん。」 「ああ。」 無事、イフリートと再び契約出来た事に、才人は自分の事のように喜んだ クラースも、イフリートが戻ってきた事に喜びを感じている 「キュルケ、君には感謝しないとな…君のお陰でこうしてイフリートが戻ってきた。」 「構いませんわ。私もとても面白い物を見せていただきましたから。」 『………娘よ。火の心を持つ、気高き娘よ。』 その時、再びイフリートの口が開いた 全員がイフリートの方を向き、キュルケは彼が自身を見ている事に気付いた そして、自分の事を言われているのだという事も 「私?」 『そうだ…我はそなたに感謝している。そなたのお陰で我はこの地で主と再び相見える事が出来た。』 「まあ、感謝されるのは悪くは無いわ…ちょっと驚きだけど。」 クラースが使う異国の魔法…そう解釈している…から感謝される こんな経験、普通に暮しているだけでは絶対に有り得なかっただろう 『故に、我はそなたに感謝を込めて…そなたの内に眠る力を解放しよう。』 そう言うと、イフリートはキュルケに向かって手を突き出した すると、炎のように赤い光が彼女の胸の辺りで輝く 「えっ、何これ…体が熱い……。」 『今、そなたに眠る力を解放した…これよりそなたが戦を経験した時、真の炎を知るだろう。』 身体の底から、燃え上がるような感覚…これが、自分の中に眠る力? 最初は戸惑っていたキュルケだが、徐々にその感覚を受け容れる すると、胸の辺りで輝いていた赤い光は、胸の奥へと入っていき、消えた 「良いのか、イフリート?」 『構わぬ…主達の行く先には、多くの苦難が待ち受けている。それを乗り越える為に必要な力だ』 「苦難って…この先何が起こるって言うのよ!?」 苦難というあまりよくない単語が出てきたので、それが何なのかルイズはイフリートに問いかける だが、彼はこれ以上その場に留まるのを止めて炎と共に消え去った 『主よ、我が力が必要な時は呼ぶと良い…我が炎にて、主の障害を焼き払おうぞ。』 その言葉を残して…辺りは静寂に包まれた 暫しの静寂の後、それを最初に破ったのはルイズの声だった 「何、肝心な事は教えてくれないワケ?」 「まあ、その苦難を試練として、乗り越えろという事だろう…彼等は具体的には言わないからな。」 憤慨するルイズをクラースは諭すと、う~~っと彼女は唸った そんなルイズに苦笑するクラースは、今度はキュルケへと視線を向ける 「それよりキュルケ…大丈夫なのか?」 「最初は驚きましたけど…私の中の炎が更に燃え上がるのを感じましたわ。」 「そうか…君の中に秘められた力を解放する、か。」 キュルケ自身、目覚めた力をどう使えば良いのか今は解っていないだろう だが、その力は彼女にとって必要な時に開花するに違いない その時こそ、イフリートが言っていた苦難を乗り越える力となる筈だ 「さて、今日はもう遅い…そろそろ帰らないとな。」 もうそろそろ辺りも暗くなる…遅くならない内に帰らなければ 夜の色に染まっていく夕焼けの空を見て才人達にそう言った その頃、タバサがある脅威と戦っていた事をクラース達は知らない 前ページ次ページTALES OF ZERO
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第80話 大怪獣頂上決戦 古代怪獣 ゴモラ 古代怪獣 EXゴモラ 登場! 「ウワアッ!」 「ヌオォッ!」 ここはトリステインのさる地方都市。首都トリスタニアからも馬で丸一日かかるほど離れ、特に繁栄も寂れもしていないという穏やかな街である。 しかし今、街は怪獣の出現により大混乱に包まれ、さらに駆けつけたガイアとアグルの二人のウルトラマンも、予想もしていなかった事態の発生によって大ピンチに追い込まれていた。 「なんて強力な怪獣なんだ。僕たちの攻撃がまるで効かないなんて」 「我夢、気をつけろ。あれはもう自然の怪獣じゃない。全力でいかないと、こっちがやられるぞ」 ガイアとアグルに強烈な一撃を与え、なお彼らの眼前に立ちはだかる一匹の巨大怪獣。それは、古代怪獣ゴモラに酷似しながらも岩石のように刺々しく強固な体を持ち、白目に狂暴性を満ちさせた巨影。以前、エルフの国ネフテスを滅亡寸前に追い込んだ、あのEXゴモラそのものであった。 だが、奴は確かに倒されたはずなのに、何故? 事のおこりは数分前。ガイアとアグルは、この町に出現した変身怪獣ザラガスを食い止めようとし、フラッシュ攻撃に手を焼きながらも二対一で有利に戦いを進めていた。しかし、そこへあのコウモリ姿の宇宙人が突如として現れ、宇宙同化獣ガディバをザラガスに融合させてしまったのだ。 すでに何度もヤプールが使って見せた通り、ガディバは他の怪獣に乗り移ってその肉体を変異させて、別の怪獣に作り変えてしまう能力を持つ。そして、このガディバにはヤプールがネフテスで使った、あのゴモラの情報が組み込まれていた。 「フフフ、知ってますよ。このガディバから生まれた怪獣が、ウルトラマンたちを追い詰めたことを。だからわざわざこいつを蘇らせたのです。そして私の力を持ってすれば、たとえヤプールほどのマイナスエネルギーが無かったとしても!」 ザラガスの肉体にゴモラの遺伝子が組み込まれ、更に宇宙人の手が加わったことにより、ザラガスはEXゴモラへと変貌した。しかし、さすがにスペックの完全再現までは無理なようだった。 「ふむ、ヤプールが生み出したときの、ざっと七割、いや八割ほどのパワーですか。まあ仕方ありませんが、これでも十分ですね」 残念そうな口ぶりだったが、実際オリジナルの実力が桁違いなので八割の再現率でも十分すぎるほどだった。 凶暴な叫び声をあげたEXゴモラの尻尾が伸び、あらゆるものを貫くテールスピアーがガイアを狙い、ウルトラ戦士の光線技の威力を上回るEX超振動波がアグルを襲ってくる。むろん、ガイアも素早く身をひねってテールスピアーをかわし、アグルもウルトラバリアーでEX超振動波をしのぐが、どちらも一発でも食らったら危険な威力を感じ、守勢に回ったら負けると即座に判断した。 「ガイア、反撃だ!」 「よし!」 攻撃は最大の防御! ガイアとアグルは一気に勝負を決めるべく、その身に赤と青のエネルギーを溜め、必殺の光線と光弾に変えて撃ち放った。 『クァンタムストリーム!』 『リキデイター!』 どちらも並の怪獣なら粉々にするほどの威力の一撃がEXゴモラに叩き込まれた。しかし、なんということか。クァンタムストリームはEXゴモラの体でホースの水のようにはじかれ、リキデイターはEXゴモラの片手でボールのように受け止められてしまったのだ。 「ヘアッ!?」 「ムウッ」 ガイアとアグルは愕然とした。バリアや超能力で防ぐならまだしも、単純な肉体の頑丈さだけで二人の同時攻撃をしのぐとは、なんて怪獣だ。さらにエネルギーの消耗により、ガイアとアグルの胸のライフゲージが赤く点灯を始める。 このままでは、さすがのガイアとアグルでも危なかっただろう。しかし、宇宙人は満足げに頷いただけで、EXゴモラを回収してしまったのだ。 「実戦テストは上々。もう少し眺めていたいところですが、ウルトラマンさんたちには近いうちに別のご用をお願いする予定ですし、このあたりで止めておきますか。戻りなさい」 彼が手を振ると、EXゴモラは転送されてその場から消滅した。以前、地底に潜らせたブラックキングが改造されてしまったことがあるので、念を入れての処置だった。それと同時に宇宙人もそそくさと消え去り、街は嘘のような平穏を取り戻した。 ガイアとアグルは焦燥感を募らせていたところに肩透かしを食らい、思わず顔を見合わせた。 「あいつ、いったい何だったんだろう?」 「わからん。だが、どうせろくなことにはならないだろう。奴め、今度はなにを企んでいるのか」 あの宇宙人がよからぬことを企んでも、今の自分たちはあの宇宙人を直接倒すことはできず、送り込んで来る怪獣を倒して被害を最低限に抑えることしかできない。そんなもどかしさに、二人は腹立たしさを感じてならなかった。 ガイアとアグルは憮然としながらも飛び立ち、後には唖然とした街の人たちのみが残された。 EXゴモラの攻撃の巻き添えで破壊された店の前で、店主が悔しそうにたたずんでいる。 「あーあ、せっかく新しく建てたってのに、あの怪獣野郎」 いつの世でも、暴力の犠牲になるのは罪のない一般人だ。彼はEXゴモラの消えた空を恨めしそうに見つめ、やがて、まだ売り物になるものを探すためか、瓦礫をかきわけていった。 だがやがてそんな光景も時に流されて消えていく。 それが数日前の出来事。そして今回の物語は、久しぶりにトリステイン魔法学院のルイズの部屋から始まる。 「むー……」 この日、ルイズは朝から機嫌が悪かった。 「ルイズー?」 「うるさい」 才人が話しかけてもろくに返事も返してくれない。もちろん、なんで機嫌が悪いのか聞いても答えてくれないし、身の危険を感じた才人はギーシュのところへ逃げ込んでいた。 「まったくルイズのやつの気まぐれにも困ったもんだぜ。今度はいったいなんだってんだよ」 「サイト、レディにはいろいろあるんだよ。それを察せられないとは、君もまだまだだねえ」 「あっ、ひょっとして”あの日”か?」 「……どうしてそう君は火に油を注ぐようなことを的確に言えるのか感心するよ。今どきルイズが機嫌悪くする理由なんて、君のこと以外にないだろうに」 とまあ、こんなやり取りがギーシュの部屋であったが、ギーシュの予想通り、ルイズの不機嫌の原因は才人だった。 「うー、あの浮気者。ほんっとに節操ってものがないんだから」 事の原因は昨日のこと。水精霊騎士隊が学院の女子とイチャイチャしていたところに才人も居合わせた、というのが真相であった。 「キャー、ギーシュさま~。こっち向いてください~」 「わー、サイトくーん、こっち来て~」 この間のエレキング戦とスラン星人との戦いの活躍で、彼らの株価はうなぎのぼりであった。さらに学院で噂に尾ひれがついて広まると、彼らは女子の間で一躍英雄扱いとなっていた。 ギーシュやギムリは女子にチヤホヤされてもちろんデレデレ。そして、彼らといっしょにいた才人も女子の好奇の的になっていた。 「サイトくーん、君もお話し聞かせて。どうしたら貴族でもないのにそんなにがんばれるのー?」 「いや、貴族だとかそんなの関係なくてさ。そ、それより俺たちはやることがあってだなあ」 とは言うものの、女子にベタベタされたら自然に鼻の下が伸びてしまうのが男の悲しい性というものであるが、独占欲の強いルイズにはそれが我慢ならなかった。 「ほんとにサイトったら、わたし以外の女にデレデレしちゃって最低。い、いいっしょにお風呂に入ったくせに。は、裸も見たくせに」 正確には裸と言ってもタオルごしだし、そもそも昔は着替えを手伝わせていたのに何を今さらなことだが、ルイズにとっては重大だった。そこまでしてやったというのに、才人はあっさりと別の女の色香にフラフラしてしまったのである。 エクスプロージョンで才人を爆破すれば憂さは晴れた。が、そうしたとしても才人の女癖は変わらないだろう。それに、ルイズは自分の容姿に少なからず自信がある。そこらの名も知らない女子に魅力で負けていると認めるような真似はプライドが許さなかった。 が、それならどうするか? ということになるといい考えが浮かばない。 イライラしているルイズの迫力はものすごく、授業中は教室が静まり返るし、放課後になったらなったで廊下を歩いているだけでも、以前『ゼロのルイズ』とルイズを馬鹿にしていた生徒たちも恐れて道を開けるほどだった。 と、そんな物騒な散歩を続けるルイズの前で道を譲らない者がいた。見ると、同じようにイライラしながら歩いていたモンモランシーだった。 「ルイズ、もしかしてあなたも?」 「フン、少しは話が分かる奴がいたみたいね」 ルイズもモンモランシーがギーシュのことを気にしているのくらいは知っている。そしてギーシュが最近女子の間でモテモテで気に入らないことも察して、二人は共通の目的を持つ同志となった。 「ほんっとに男って最低な生き物なんだから。わたしがあんたなんかのためにどれだけ気をつかってやったか、すこっしも理解してないんだもの」 「そうよそうよ、「君だけを見つめていたい」なんて、そのときだけなんだから。あの嘘つき、舌を抜いてやりたいわ」 ひとしきり二人で愚痴をこぼし合った後、ルイズとモンモランシーはむなしくなって息をついた。 それほど彼氏に嫌気がさしているなら、いっそ二人とも別の男子に乗り換えればいいんじゃないの? と、近くを通りがかった女子たちは思ったが、二人に言わせれば「人間はあきらめられないことがあるから生きていけるのよ」と、渋く答えるだろう。それが他人から見ればいかに無茶なことでも、自分にとっては大切なことなのだ。 「いったいどうすれば、あのバカ犬は浮気をやめるのかしら……」 「この学院、可愛い子多いからねえ。この学院で一番美しいのが誰か? なんて言われたら自信がないし」 「わ、わたしは自信あるわよ。このラ・ヴァリエールのルイズ様ほどの超絶美少女がいるもんですか! ……でもあいつ、あの銃士隊の副長といい、年上の女が好みなのよねえ」 正確には才人の好みは年上の女ではなく、おっぱいの大きな女なのだが……。 現実(おっぱい) 対 虚乳(ルイズ) この残酷な方程式に何度泣かされてきたか知れない。 なんにせよ、ライバルたちに比べて自分たちがアドバンテージで有利に立てていないのは二人とも認めるところであった。もっとも、この自己分析を才人やギーシュが聞いたら首をかしげるかもしれないが、人間は自分のことは一番知っているようで知らないものだ。 才人とギーシュに金輪際浮気させないようにするには、自分たちが他をぶっちぎる魅力的なレディになればいい。いくらお仕置きしても効果がない以上はそれしかないと結論は出ても、魅力なんてどうすれば上がるか皆目わからなかった。 と、そんな二人に後ろから陽気に声をかけてきた相手がいた。 「はーい、おふたりさん。この世の終わりみたいなオーラを振りまきながらなにやってるの?」 振り返ると、そこには学院一のモテ女がいた。褐色の肌が眩しく、いつもながら自信にあふれた笑みが憎たらしい。 「キュルケ、何の用? ツェルプストーなんてお呼びじゃないわよ」 「あら、つれないわね。さっきの話、聞こえてたわよ。彼氏に飽きられて焦ってるんでしょ? そんなあなたたちが可愛くて仕方ないから、このキュルケ様が恋の手ほどきをしてあげようと思って来たわけよ」 彼氏に飽きられた、のフレーズでルイズとモンモランシーの心臓をエクスカリバーとグングニルが十文刺しにしていく。実際は才人とギーシュはいまでもルイズとモンモランシーにぞっこんなのだが、物事を最悪の方向にしか考えられない今の二人にはどんな罵声よりも深く突き刺さった。 「い、いい、いらないわよ、ツェルプストーの助けなんて!」 必死に言い返したものの、声は震えて表情は崩れている。キュルケはそんな反応はもちろん織り込み済みだったようで、クスクス笑いながらルイズとモンモランシーの肩を抱いた。 「あら? そんな余裕こいていていいの? 女の情熱が熱しやすく冷めやすいように、男の愛情も移り気なものよ。た・と・え・ば、あたしがこれからあの二人にアプローチをかけたらどうなると思う?」 「だ、だめよ! キュルケ、あんたサイトはあきらめたんじゃなかったの! サイトだけはあんたには絶対に譲らないからね」 「ギーシュもよ。あんなのでも、キュルケなんかには渡さないわ」 「どうどう、ふたりとも落ち着いて。たとえばって言ったでしょ。今さらあの二人に手を出すつもりなんてないわ。でも、もしあたしに近い魅力を持った誰かがサイトやギーシュを気に入ったらどうする?」 うっ……と、ルイズとモンモランシーは言葉を詰まらせた。二人の脳裏にそれぞれライバルとしている女の顔が浮かぶ。あれが本気で奪いにやってきたとしたら、勝利を確信することはできなかった。 キュルケはにやにやとふたりを交互に見ている。ルイズは歯噛みしたが、こと恋愛の手練手管に関して学院でキュルケの右に出る者はいない。入学して以来、キュルケの虜にされた男子生徒の数は三桁と言っても誰も疑わないだろうし、なによりラ・ヴァリエールは先祖代々フォン・ツェルプストーに恋人を取られまくった家系なのだからして。 「ど、どど、どうすればいいっていうの?」 「話が早いわね。ルイズのそういう頭のいいところ、好きよ。でも、あなたたちの欠点はちょっと子供っぽすぎることなのよね。だから、そこを底上げするの」 「おしゃれをしろってこと? そんなのわたしだってやってるわ」 「ちっちっち、あなたたちのおしゃれなんて、子供のお化粧ごっこよ。まあ実例を見せてあげるからついてきなさい」 そう言ってキュルケはルイズとモンモランシーを自分の部屋に連れ込んだ。そして数十分後、二人は自分たちの劣等ぶりを嫌というほど思い知らされることになったのだ。 キュルケの部屋は彼女らしく非常に豪華な仕様で、大きな姿見や衣装ダンスが並び、絵画や美術品が宮廷のように陳列されていた。 しかし、それらの美術品も、着飾ったキュルケの美貌の前には霞んで見えた。 「どう? これでも少し地味めを選んでみたんだけど」 「そ、そうね。た、たたた、確かに地味だわ」 豪奢なドレスを身にまとい、キュルケは女王のようにたたずんでいた。薄い紫色のレースのような生地が怪しくはためき、煽情的という表現ギリギリなレベルでさらされた地肌がなまめかしく視線を誘う。それは女のルイズとモンモランシーから見てもよだれが出そうな美しさで、アンリエッタ女王のような清楚さとは正反対ながらも、男の視線を釘付けにするであろうことは疑いようもなかった。 もし、今のキュルケを才人やギーシュが見たら、きっとニンジンをぶらさげられた馬のようになってしまうだろう。それほど、ドレスをまとったキュルケの美しさは、制服のときとは次元を異にしていた。 「どう? 衣装は女の鎧であり、最大の武器でもあるのよ。それなのにあなたたちときたら、私服といえば出入りの商人が適当にすすめるものしか買ってないんでしょ? そんなんじゃ、いくらいい香水をつけてても宝の持ち腐れよ、モンモランシー」 「う、うるさいわね。だ、だいたいギーシュなんて、何着てても同じような褒め方しかしないんだから」 「それはあなたが同じような服しか着てないからよ。もっと冒険してみなきゃ! というわけで、あたしが子供の頃着てた服をいくつかあげるわ。それならサイズが合うでしょ」 盛大に傷つく言い草だが、確かにキュルケのお古はルイズやモンモランシーにはぴったりみたいだった。 しかし、それらはかなり布地の際どい強烈なデザインばかりで、モンモランシーなどは顔を真っ赤にして叫んでしまった。 「不潔! 不潔だわ。こんなのを着て人前になんか出られない」 「わかってないわねえ。そういうのだから、男は夢中になるんじゃない。ルイズはどう? あなたも着る勇気がない?」 「あんた、子供の頃からこんなの着てたって、ツェルプストーの教育方針はどうなってんのよ? こんなはしたないのをうちで着てたらお母様に殺されるわ……あ、だからエレオノールお姉さまは行き遅れてるのね」 さりげに売れ残りから返品に差し掛かっている姉をコケにしつつ、ルイズはよくあのお母様も結婚できたものねと思った。まあ、ちぃ姉さまだったら何もしなくても引く手数多でしょうけど、自分が真似できる気はしない。 が、それは逆に返せば自分が成長しても眼鏡のないエレオノール姉さまみたいになるだけね、とルイズは思い当たった。そしてそのことをキュルケに告げると、キュルケもなるほどと納得した。 「そうね、モンモランシーはともかく、ルイズは足りないものが多すぎるわねえ。ぷ、くくっ……」 キュルケはベビードールを着たルイズの幼児体系とのミスマッチを想像して笑いが漏れた。うん、さしずめスーパースペシャルグレートルイズ・ハイグレードタイプ2といったところか。 「ぷっ、くくく……わ、わたしも甘かったわ。ルイズの場合だと素っ裸で迫るのが一番かもね」 「キュルケ、わたしがエクスプロージョンを食らわせるのがサイトだけだと思ったら大間違いよ……」 「短気は損気よぉ。でも、わたしも言い出した手前、投げ出すようなことはしないわ。さあて、それなら方針を変えてみましょうか。考えてみたらサイトやギーシュにはちょっとズレた方向からアプローチしたほうが効果的かもね。でも、それだとわたしの手持ちじゃ合わないから、持ってそうな子のところにまで行きましょうか」 そう言ってキュルケはさっさと着替えると、答えは聞いてないとばかりに先に部屋を出て行ってしまった。ルイズとモンモランシーは釈然としないながらも後を追う。 キュルケは今度は何を考えているのだろうか? その答えは、女子寮の一年生部屋の中でも特に豪華な一室の持ち主にあった。 「それで、ヴァリエール先輩に合ったドレスをわたしが持っていないか聞きにきたわけですか」 「そう、クルデンホルフのあなたならドレスの手持ちくらいいっぱいあるでしょ。サイズもルイズやモンモランシーとも近そうだしね」 「遠回しに馬鹿にされてる気がするんですが……まあツェルプストー先輩のたってのお願いですし、ドレスくらい好きに見て行ってくださいな」 突然乗り込んでこられたベアトリスは、こちらも釈然としないながらも、外国の貴族であるキュルケ相手には強く言うこともできずに納得してくれた。とはいえ、一応は名門のヴァリエールとツェルプストーに恩を売れるという打算もあったが、ベアトリス自身なにかおもしろそうだと思った一面もある。 そして思った通り、ベアトリスは様々なドレスを持ち込んでおり、ルイズとモンモランシーは目移りするようなそれを前にして着替えにいそしんだ。 「あら? これちょっとかわいくない? ねえねえルイズ、これ見てよ」 「へえ、ブルーのラインがすっきりしてていいわね。こっちもどうよ? フワッとしたスカートがかわいいと思わない?」 最初はしぶしぶだった二人も、様々な服に袖を通すうちにいつのまにか楽しくなっていた。ベアトリスは自分のものだけではなく、エーコたちやティラたち用のドレスも持ち込んでおり、その豊富な種類は年頃の少女たちを飽きさせなかった。 やがては見ているだけだったベアトリスたちも加わり、室内はちょっとしたファッションショーの様相になってきた。ルイズはこれまでほとんど意識しなかったが、着飾った自分を友達と見せ合いっこするという、ごく普通の女の子らしい楽しみを知ったのだった。 しかし、確かにベアトリスはいろいろと趣味のいいドレスを持ってはいたが、才人やギーシュの目を引くようなインパクトのある服。というのでは、納得のいくものがなかった。キュルケと違ってベアトリスは、あくまで感性は普通なのである。 と、そのときだった。キュルケが洋服ダンスの隅で、畳まれている変わった色合いの服を見つけた。 「あら? これはこれは見たことないデザインね。ルイズ、モンモランシー、ちょっとこれ着てみなさいよ」 キュルケは、お着替えに夢中になっている今のうちにと、ルイズとモンモランシーにその変わった服を渡した。案の定、二人は深く考えずに嬉々としてその服に袖を通した。 しかし、その服は皆の思っていた以上に奇妙なデザインだった。 「なあにこれ。オレンジ色の……スーツ?」 ルイズの着たそれは、どちらかといえば男性が着るようなネクタイ付きのシンプルな服だった。動きやすいのはいいけれど、控えめに言っても『可愛い』という感じではない。 アクセントといえば、胸元に流星をかたどったバッジがついているけれど、これでお洒落かというとどうだった。 そしてモンモランシーのほうはと言えば、こちらは灰色をした地味めな洋服だった。こちらの胸元にはS字に似た赤いワッペンがついている。しかしどちらにしても、派手好きなベアトリスが持つにしては地味めな服だとルイズはいぶかしんだ。 するとベアトリスは言った。 「その服なら、この前トリスタニアに買い物に行ったときに、ティアとティラが「動きやすそうだから気に入った」と言うからから買ったものですわ。あの二人ときたら、すぐドレスをダメにするんですもの」 なるほど、あの二人のだというなら納得だ。緑髪のティラとティアの姉妹のことは今では学院でも有名で、魔法が使えないからベアトリスの使用人という立場になっているが、その快活な性格や豊富な知識で、人気者になっている。 「なんでもごーせい繊維で衝撃や耐熱に優れていて大変レア、なんだそうよ。よくわからないけど」 「はーん……」 ルイズたちにもよくわからなかった。あの二人はときたま突拍子もないことを言って皆を困惑させるので、一部では才人の女版などとも言われている。 しかし、変わり者のティアとティラが気に入るなら、ただの服ではないのだろう。 ルイズは服のあちこちを何気なく触っていたが、ズボンの裾先にチャックがついているのを見つけて引っ張ってみた。 するとなんと! チャックを引いたことで生地が裏返り、オレンジ色のスーツは一瞬にして青地のブレザーに変わってしまったのだ。 「えっ? えええーっ!?」 「変化の魔法が仕込まれてたの?」 「いえ、違うわ。これ、服そのものにギミックが仕込まれてるのよ。そうだわ! 男の子って、こういう仕掛けが好きじゃない?」 モンモランシーが言って、ルイズもはっとした。そうだ、あの鈍感たちには半端な色気より、遊び心に訴えたほうがいいかもしれない。 そう、男なんて生き物はいくつになってもごっこ遊びに夢中になる幼稚な生き物だ。なら、そこを最大限利用してやろうじゃないか。誰かと仲良くなるためには、まず共通の話題を作ることが大事だというし。 やる気になっている二人に、キュルケは呆れたようにつぶやいた。 「まあ、付け焼刃のおしゃれよりはあなたたちに合ってるかもねえ」 考えてみたらルイズとモンモランシーも才人やギーシュと同じく、まだ「大きな子供」だ。大人の勝負に打って出るにはまだ数年早いかもしれない。それに、女の子から見れば「可愛くない」でも男の子から見れば「かっこいい」に映るかもしれない。 そうとなれば、この奇妙な服も魅力的に見えてきた。可愛さではなくかっこよさで勝負! そうなったら、この服だけでは足りない。 「ベアトリス、この服ってトリスタニアのどこのお店で買ったの? えい、もう面倒だわ。明日あんたそこに案内しなさい!」 「えっ? ええぇーっ!」 ルイズに強引に命令され、こうしてベアトリスの休日はつぶれることになってしまった。 そして翌日、ルイズたちは絶好の晴れ間の中でトリスタニアについていた。 「ふーん、トリスタニアもずいぶんきれいに直ったものね」 ルイズは賑わっているトリスタニアの市内を見てうれしげにつぶやいた。ここ最近、壊されては復興するを繰り返しているために、トリスタニアの街の回復速度はすさまじい速さになっている。ガラオンとジャシュラインに壊された跡はもう跡形もなく、さすがに……との大戦争の傷跡はまだ残っているが……。 「戦争? そんなものあったかしら?」 「ヴァリエール先輩、どうしたんですか? 行きますよ」 「え? 今行くわ」 ちょっとした違和感を感じたが、一行はベアトリスに案内されてトリスタニアの大通りを進んでいった。 今回やってきているのは、ルイズ、モンモランシー、キュルケに加えて、ベアトリスとベアトリスのお付としてティラとティアもいる。本当はエーコたちも来たがったが、人数が増えすぎるのでまた今度にしてもらった。 なお、才人とギーシュをはじめ、男子は徹底的に撒いてやってきた。女子だけで出かけると告げると才人は「はいはい」と適当に承諾し、ギーシュはついてきたがったがモンモランシーが「来ないで!」と一喝するとしょぼんとして引き下がった。 さて、いつもならば魅惑の妖精亭がある裏通りのチクトンネ街に向かうところだが、今回は表通りのブルドンネ街を一行は歩いていく。私服で来ている彼女たちは、清潔な通りをベアトリスに案内されながら歩いていき、温泉ツアーの広告の貼られた街灯の角を曲がると、そこにこじゃれた感じの服屋が建っていた。 「へーえ、なかなかいい雰囲気のお店じゃない」 「『ドロシー・オア・オール』。最近トリスタニアでも評判の、輸入物の衣類を売っている店ですわ。中もけっこう広いですわよ」 慣れない敬語を使うベアトリスに先導されて、一行は衣料品店ドロシー・オア・オールに入っていった。 「うわぁ、まるで別世界ね」 中に入った一行を待っていたのは、見渡す限りの服の海であった。学院の講堂より広くて明るい店内に、ハンガーにかけられた何百何千という衣服が陳列されている。それも、ちらりと見ただけでも素材の生地は上等で、縫製も丁寧なのがわかった。 普段はトリステインを見下すことのあるキュルケも、これほどの店はゲルマニアにもそうはないわね、と驚いている。ルイズとモンモランシーなど完全におのぼりさん状態で、貴族の誇りなどはどこへやらでぽかんとしていた。 しかしベアトリスは慣れたもので、お探しのような服はこの奥ですよ、とどんどん先に進んでいってしまう。 「ま、待ってよ!」 「置いて行かないでーっ!」 先輩としての威厳はどこへやら。後輩の後を追いかけて、ルイズとモンモランシーは迷子になりそうなくらい広い店内を駆けていった。 しかし、ドロシー・オア・オールの店内はびっくりするほど広く、品ぞろえも見事だった。紳士服から婦人服まで、それこそ子供用から大人用まで様々なサイズにも対応する商品が数十から陳列されている。しかもそれでいて貴族御用達の高級店というわけでもなく、平民でもそこそこの稼ぎがあれば買える額で趣味のいい服が数多く並び、もしここに才人がいればデパートのようだなと感想を述べたことだろう。 左右の色とりどりな衣服を見回しながら店内を進んでいくルイズたち。と、ふとルイズは自分たち以外の客の中に、見慣れた人影が混ざっているのを見つけた。店内だというのに幅広の大きな帽子をかぶって、長い金髪に、なによりもどんな服を着ていようとも自己主張をやめない胸元の巨峰。 「ティファニア? ティファニアじゃないの」 「えっ? あっ、ルイズさん。それにモンモランシーさんにキュルケさんも。どうしたんですか? こんなところで」 「それはこっちの台詞よ。あんた、こんなところでなにしてるのよ?」 「あ、わたしは孤児院の子たちに少しでもいいものを着てもらいたいと思って。ルイズさんたちこそ、どうしてここに?」 驚いているティファニアに、ルイズたちは簡単に自分たちの事情を説明した。 「そういうことですか。ふふ、お二人とも本当にサイトさんとギーシュさんがお好きなんですね」 「そ、そんなんじゃないわよ。それより、せっかくだからあんたの服も買ってあげるから来なさい! そんな出るとこ出過ぎてる服で歩かれたら目の毒よ」 「えっ? わ、わたしのこれはごく普通だと思うんですけど……」 確かにティファニアの言う通り、彼女の着ている服はごく普通のものなのだが、ティファニアが着れば普通でなくなってしまうから問題なのである。 ものにはなんでも例外というものがあるもので、普通はおしゃれをして足りない魅力を補い、足りている魅力をさらに引き立てる。が、ティファニアの場合はなにもしなくても魅力が最大値だから腹が立つ。この際だから少しでも隠れる服を買っておこうとルイズは思ったのだった。 さて、思わぬ顔も増えたが、ようやく一行は目的の品が売っているフロアについた。陳列されている衣類の中には、昨日ベアトリスに見せてもらった二種類の他にも、見たことのないデザインの服が所狭しと並んでいる。 「ここね。よーし、いいの買っていくわよ」 ルイズはやる気たっぷりに宣言した。続いてモンモランシーも、「ギーシュめ、待ってなさいよ」と気合を入れる。 なにせ、目の前には目移りするくらいの服が陳列されている。女の子なら目を輝かせて当然の光景に、ようやくルイズやモンモランシーも本格的に目覚めつつあった。 そんな二人の様子をキュルケは生暖かく見守っている。二人とも、その気になればもっといい男を捕まえられるだろうにまったく不器用なことだ。しかし、一人前のレディへの道は必ずしもひとつではないのも確かだ。 「そうねえ、せっかくだからわたしも新しい可能性を見繕ってみようかしら」 わざわざ来たのに見ているだけなんて損だ。自分ならルイズたちとは違った衣装の活かし方もあるだろうと、キュルケも衣装の海へと飛び込んでいった。 さて、そうなるとほかの面々もじっとしてはいられない。ベアトリスも、エーコたちや水妖精騎士団へのお土産にといろいろ見繕っている。一人、ティファニアがルイズに連れてこられたはいいものの、肝心のルイズがティファニアのことをすっかり忘れて自分の衣装選びに夢中になっているためおろおろしていたが、そんな彼女にベアトリスが声をかけた。 「あなた、ティファニアさんだったかしら? そんなところで何をしてるの。あなたも好きな服を選んだらいかが?」 「えっ? いえ、わたしはそんなに手持ちはないもので」 「なら、わたしがおごってあげるから好きなのを選びなさい」 「えっ! そ、そんな、悪いですよ」 「気にしないでいいわよ。借りっていうのは、作られるより作るほうがおもしろいものなんだから。気に病むというなら、あなた水妖精騎士団に入りなさい。あなた男子に人気があるから、うまくすれば水精霊騎士隊の連中をああしてこうして……うふふ」 「な、なにか怖いですよベアトリスさん」 「気のせいよ。うふふふ」 悪だくみをはじめるベアトリスに、ティファニアは少し恐怖を感じて引いていた。 しかし、これまであまり接点のなかったベアトリスとティファニアに交流が生まれ始めているのはいいことだ。二人ともいい子なので、きっとすぐに仲良くなれることだろう。 ティラとティアも、「仲良くしましょうね」「んー? なんか前から知ってる気もするけど」と、人懐っこくじゃれてきている。人間とハーフエルフとパラダイ星人、友だちの間につまらない垣根などはない。 そして始まる女だけのショッピング。ドロシー・オア・オールはかなり盛況なようで、このコーナーにもほかに何人かの客がいたが、その中でもルイズたちは抜きんでて目立っていた。 「んー……」 「むー……」 穴が開くほど恐ろしい視線で陳列品を吟味している。女の子が休日にショッピングに来ているような姿ではとてもないが、二人には自分の姿を顧みている余裕はとてもなかった。 その商品のほうだが、順番に様々なものが並んでいて目を引いた。全体的に見るとオレンジ色を基調にしたものが多いようだが、中には青や赤の円模様をしたド派手なものもあっておもしろかった。 ルイズたちの反応の一例である。順列で四番目に来ているオレンジとグレーの服であるが、ルイズは奇妙な懐かしさを感じて涙が出てきた。 「これ、なんだろう……サイトにも買っていってあげましょう。きっと喜ぶわ」 これに関してはむしろ中にいる人の影響が大きいだろうが、こればかりはしょうがない。 モンモランシーはといえば、その隣の青と赤の鮮やかな服に見入っていた。 「なにかしら、この服を着てそうな人にシンパシーを感じるわ。なにかこう、いろんなものを調合したり、身内が愉快なことを考えたりする方向で……」 もしも、水精霊騎士隊の連中がこれを着たらすごく強くなる気がする。いやダメだ! これ以上あの連中がお笑い集団化したら本当に貴族の誇りが崩壊する。でも、男女共用がほとんどの中で、これは女子用にミニスカートの可愛いデザインがあったので惜しい。いや、自分だけで着ればいい話か。 この二人のオーラがあまりに強すぎるせいで、周囲からは一般客が引いてしまっている。しかし、このコーナーは大きく二つに分かれており、ルイズたちのいるコーナーとは別に設けられているコーナーではベアトリスたちやキュルケがショッピングを楽しんでいた。 そのうちベアトリスとティラとティアは、水妖精騎士隊のユニフォームに使えそうな、可愛くて凛々しさを兼ね備えたものがないかと探していたところ、コーナーの終わりのほう付近に白と赤を基調としたツヤツヤした服を見つけて足を止めた。 「あら、この服は雰囲気が明るくていいわね。ティア、これはどう思う?」 「えーと、これはこうぶん……こうぶ……なんだっけティラ?」 「高分子ナノポリマー製ね。衝撃や防寒に優れているわ。ちょうど、ミニスカートものもあるし、まとめ買いしていきませんか?」 「いいわね。これで、水精霊騎士隊に見た目でも差をつけてやれるわ。ふふ、楽しみね」 これで水妖精騎士団こそが最強・最速になるのよと、ベアトリスは胸を熱くした。その隣では、キュルケがマイペースに品定めをしている。 一方でティファニアは、ベアトリスのところから少し離れたところで、青いつなぎのような服を見ていたが、その胸中は興味とは別のものが満たしていた。 「なにかしら、不思議な気持ち。懐かしいような、どこかあったかくなる気がするわ」 見るのは初めてなはずなのに、この懐かしさはなんだろう? とても強い、しかし、とても優しく暖かみに満ちた一人の青年と、その仲間たちのイメージが流れ込んでくる。 「コスモス……これはあなたの記憶なの……?」 ティファニアの問い掛けに、コスモスは答えない。しかし、コスモスはすでにテレパシーでエースと会話を始めていた。「ここは、おかしい」と。 しかし、彼女たちにはなにがおかしいのかはわからない。それでも、ルイズはコーナーを順に巡っているうちに、ある一着に目を止めた。 「これ、アスカの着てるやつに似てるわね。まさか……ね」 ルイズは、あいつと似たかっこうは嫌ね、と、通り過ぎたが、このときルイズは立ち止まって注意深く見ていくべきだったかもしれない。なぜならそれは、アスカのスーパーGUTSの制服に似ているというものではない、見た目だけならそのものだったからだ。 そしてルイズは、コーナーの最後に陳列してある服を見たとき、頭の底から殴り返されるような感覚を受けた。 「これ、見たことある……でも、どこだったかしら……」 黄色とグレーを基調としたスーツ。その胸元には翼をあしらったエンブレムがつけられている。 ルイズは記憶の窯の中が煮えたぎっているのに蓋を開けられないような違和感を覚えた。自分はこれと同じ服を着た人と……いや、人たちと会ったことがある。しかし、それがどこでいつでどうしてだったかがなぜか思い出せない。 どういうこと? なんで、たかが服一着を見ただけで、こんな気持ち悪い思いをしなきゃいけないの? 自分は、この服を着た人たちと、なにか大切な約束をしたような……。 そのとき、ルイズの耳に、モンモランシーの呼ぶ声が響いてきた。 「ルイズ、なにやってるの? そろそろ買って帰りましょうよ」 「え? うん。ちょっと考え事してて」 「迷ってるなら全部買っていけばいいじゃないの。ヴァリエールのあなたなら、そんなたいした出費じゃないでしょ?」 すでに品定めを決めたらしいモンモランシーたちに急かされて、ルイズは慌てて目の前の服を買い物かごに押し込んだ。 清算は全員とどこおりなく終わり、レジを出たルイズたちは両手に買い物袋を抱えて満足そうにしていた。 「ふーっ、買ったわね。思ったより多くなったけど、これなら男子も連れて来ればよかったかしら」 キュルケが荷物持ちにさせる気満々で言った。平成の日本のように「後日郵送でお届けします」が、ないトリステインではけっこうな苦労になり、北斗星治もこれには苦い思い出がある。 が、それでもティラとティアがけっこう持ってくれるからマシではあった。なお、全員それなりの量を買い込んだが、一人だけ大貴族の娘ではないモンモランシーは財布を覗いてため息をついていた。 「これで来月のわたしのお小遣いはゼロね。来月があれば、だけど」 「なに落ち込んでるの。お小遣いくらい、ギーシュを落とせばあいつの財布からいくらでも出せるじゃないの」 「キュルケ、ギーシュの貧乏っぷりを知ってて言ってるでしょ? まあでもいいかしら。待ってなさいよギーシュ」 やる気のモンモランシー。そのために無理して何着も買い込んだのだから当然といえば当然だ。 衣料品店ドロシー・オア・オールは依然繁盛を続けており、客はひっきりなしに来ていた。しかし、これほどの店を短期間で作り上げるとは、オーナーはどこの誰なのだろう? ベアトリスに知っているかと尋ねると、彼女はわからないと首を降った。 「わたしもさっき店員に聞いてみましたけど、こちらのお店は支店で、本店はゲルマニアのほうにあるらしいですわ」 「ふーん、最近のゲルマニアは元気でいいことだわ。これは、アルブレヒト三世もうかうかしてはいられないかもしれないわね」 キュルケが意地悪げにつぶやいた。血統を持たないゲルマニアでは実力が何より物を言い、それは皇帝も例外ではない。トリステインだって王に従わない家臣がいるというのに、ましてゲルマニアでは王様には従うものという前提自体が危ういものである。当然、キュルケもアルブレヒト三世が没落するなら助ける気など毛頭ない。 さて、それはともかくそろそろ帰らなくては帰りが遅くなってしまう。一行はちらりと店を振り返ると、馬車駅に向かって歩き出した。 ところが、その時である。突然、地面が大きく揺れ動いたかと思うと街の一角で砂煙があがり、その中から黒々とした巨大な怪獣が飛び出してきたのだ。 「あの怪獣って! 確かあのときの」 ルイズやティファニアはその怪獣に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない! あの鎧のような体躯と、蛇のような長い尻尾、そして白磁器のような冷たい目。自分たちはあの怪獣のせいで死ぬ目に合わされたのだ。 EXゴモラ。ネフテスでのあのギリギリの死闘は忘れたくても忘れられるものではない。しかし、あの怪獣はあのとき確かに……。 「ルイズさん、あの怪獣ってエルフの国でやっつけたはずのやつですよね!」 「そうよ、間違いなく倒したはずなのに。サイト! ああっ、こんなときにいないんだから、あの馬鹿犬ぅ!」 「お、置いてきたのはルイズさんですよ。え、えっと、わたし孤児院のほうが心配なので、これで失礼しますぅ!」 「あっ、ティファニア!」 一人でティファニアが駆け出したが、止めるわけにはいかなかった。 いや、それどころではなかった。ルイズたちが悪態をつき終わるのと同時に、その怪獣……EXゴモラがぎょろりと恐ろしげな白眼でルイズたちを睨んできたのである。 「えっ?」 驚いている暇もなかった。EXゴモラはルイズたちを見つけると、くるりと方向を変えて、建物を踏み壊しながらこちらに向かってきたのだ。 「なっ、なんでぇーっ!」 「と、とにかく逃げましょう」 一行は慌てふためいて駆けだした。なにがどうとかを考えている暇もない。彼女たちと並んで、トリスタニアの住民たちも必死に走っている。平和だった街は一瞬にして、阿鼻叫喚の巷と化していた。 EXゴモラのパワーの前には石やレンガ造りの建物などなんの障害にもならない。紙細工のように踏みつぶされ、粉塵と火炎がかつてのアディールの光景を再現していく。 しかも、EXゴモラはルイズたちがどんなに道を変えてもピッタリと後ろをついてくるではないか。 「もう! なんであいつわたしたちの後をついてくるのよ」 「先輩方、なにかあいつにしたんですか!」 「そりゃ……もしかしてわたしたちに復讐するために戻ってきたとか?」 「まさか! でも、ありえなくもないんじゃないの?」 ルイズ、ベアトリス、モンモランシーは走りながら話した。 しかし、もちろんそんなわけはない。このEXゴモラを再生させ、操っている存在の目的はまったく違うところにあった。街を見下ろしながら、あの宇宙人は笑っていた。 「さあて、生かさず殺さず追いかけるんですよお。そいつらを追い詰めれば、たぶんあいつも出て来るでしょうからねえ」 何を企んでいるのか。どうせよからぬことに決まっているが、人間の足で怪獣からいつまでも逃げられるものではない。 息を切らし始めるベアトリスやモンモランシー。行く足はしだいに遅くなっていき、それを見たティアとティラは決意したようにベアトリスに言った。 「こりゃしょうがないねー。ティラ、ちょっとダンスしようか」 「姫殿下、わたしたちが囮になります。そのあいだに逃げてください」 「な、あなたたち何言ってるのよ! そんなの絶対に認めない。認めないんだからね!」 緑色の髪をなびかせながら、いつもと変わらない笑顔で言うティアとティラを、ベアトリスは必死で引き止めた。 ベアトリスは知っている。この二人は、自分が危なくなるとどんな危険を冒してでも助けようとしてくれる。それが、世話になった恩を返すためだと言うけれど、もう二人は自分にとって部下なんかじゃない大切な人なのだ。 けれど、宇宙人は人間の情愛などは屁とも思わずにせせら笑う。 「ふふ、ではそろそろ一人くらい踏みつぶしちゃってもいいでしょう。ん? おっと、余計なお客さんも来てしまいましたか」 宇宙人が面倒そうな声を発するのと同時に、EXゴモラの前に青い巨影が降り立った。 「シュワッ!」 「ウルトラマンコスモス!」 ティファニアがさっき別れた本当の理由はこれだった。ここに才人がいない今、すぐに駆け付けられるウルトラマンはコスモスしかいない。 コスモスは以前の経験から、EXゴモラに対してルナモードでは太刀打ちできないと考えて、即座にコロナモードへと変身した。コスモスの姿が青から赤に変わり、戦闘態勢をとったコスモスとEXゴモラが激突する。 「シュゥワッ!」 コロナパンチがEXゴモラのボディを打ち、すぐさま回し蹴りでのコロナキックがEXゴモラの首筋を打つ。 もちろんこの程度でどうにかなるとはコスモスも考えてはいない。しかし、二発攻撃を当てたことでコスモスは相手の力量をおおむね計っていた。このEXゴモラは以前ほどの強さはないと。 が、多少の弱体化で弱敵になるような生易しい相手ではないことはコスモスもわかっている。ティファニアも、あのときにEXゴモラの恐るべき力を目の当たりにした恐怖が蘇ってきて、コスモスに呼びかけた。 〔コスモス……大丈夫ですか?〕 〔楽観はできない。だが、ここで戦わなければ多くの犠牲が出てしまう。私はそれを止めたい。君は、どうなのだ?〕 〔わたし……わたしも、友だちを守るためなら戦いたい〕 戦いは好きではない。けれど、戦いから逃げて失うものへの恐れのほうが強かった。 勇気を振り絞ったティファニアの意思も受けて、コスモスはEXゴモラに挑んでいく。 むろん、それを快く思う宇宙人ではない。不快そうな声で、彼はEXゴモラに命じた。 「お呼びじゃないんですよ。ゴモラ、さっさと片付けてしまってください」 宇宙人の命令を受けて、EXゴモラも攻撃態勢を強化した。全身が装甲のような体は接近するだけで十分武器となり、兜のような頭は軽く振り下ろすだけで鈍器となり、強烈なパワーを秘めた腕で殴られればコスモスも一発で吹き飛ばされるだろう。 コスモスは致命打を受けないように、唯一奴に勝る要素である小回りの速さを活かして攻撃をかわしながらチョップやキックを打ち込んでいく。が、少しでも隙を見せればEXゴモラは必殺のテールスピアーでコスモスを串刺しにしようと狙ってくるので一瞬も気を抜けない。 まさに、紙一重の攻防。その激闘に、ルイズたちも声援を送っていた。 「しっかりーっ! 今はあなただけが頼りなのよーっ」 「負けないでーっ! わたしたちはあなたを信じてるんだからーっ」 負けない心がウルトラマンの力になる。少女たちの応援を受けて、コスモスは懸命に力を振り絞って戦った。 それでも、コスモス一人で倒すには酷すぎる強敵だ。モンモランシーは空を仰ぎながら、祈るようにつぶやいた。 「誰か早く来て、助けて……」 ギーシュはいない。自分の魔法は戦うことには向いていない。どうしようもなくなったとき、人は祈ることしかできない。 しかし、誰も聞き届けるものはないと思われたか細い祈りに答えるように、新たな地響きがトリスタニアを襲った。今度はなんだと驚く人々の前で、街の一角から砂煙が立ち上り、そこから現れる土色の巨影。 「あれって、あの怪獣もアディールで見たわ!」 「確かサイトはゴモラって呼んでたわね。あの怪獣はわたしたちの味方よ。よーし、ニセモノをやっつけちゃって!」 ルイズもうれしそうに叫ぶ。きっと、あのときのゴモラが助けに来てくれたんだ。コスモスひとりだけでは無理でも、ゴモラと協力すれば倒すことができるかもしれない。 ゴモラは彼女たちを守るように背にかばいながら、引き裂くような鳴き声をあげてEXゴモラに向かっていく。あの三日月状の角は陽光を反射して輝き、太く長い尻尾は大蛇のように地を打つ。 対して、EXゴモラも新たに現れたゴモラを敵と見なして遠吠えをあげた。むろん、あの宇宙人も愉快であろうはずがない。 「ええい、次から次へとうっとおしいですね。さっさと畳んでしまいなさい!」 彼のいらだちに呼応するかのように、EXゴモラはゴモラの突進を迎え撃った。茶色と黒色の角同士がぶつかり合って火花をあげ、古代の肉食恐竜の対決さながらに爪と牙の肉弾戦にもつれ込んでいく。 至近距離、互いに小細工など効かない間合いで、EXゴモラとゴモラは激しく殴り合った。互いの爪が相手の体を打って火花をあげ、双方超ストロングタイプのぶつかり合いは、それだけで衝撃波と暴風を周囲に撒き散らす。 だが、やはりEXゴモラのほうがパワーでは上で、ゴモラは押され始めた。そこですかさずコスモスはEXゴモラの横合いからジャンプキックを決めてEXゴモラをよろめかせ、その隙にゴモラは大きく体をひねってEXゴモラに尻尾を叩きつけて吹き飛ばした。 「おのれこしゃくな!」 宇宙人は怒りを吐き捨てた。彼にも焦りが生まれ始めている。このままでは、せっかく蘇らせたEXゴモラが役に立たない。 それに対して、ルイズやキュルケたちはゴモラの勇戦にうれしそうだ。ティラとティアも子供のようにベアトリスといっしょにはしゃぎ、モンモランシーも「ギーシュよりかっこいいわ」と惚れ惚れしている。 EXゴモラはその巨体が災いして、転ばされてもすぐには起き上がれずにもがいている。そこへゴモラは駆け寄ると、EXゴモラの両顎に手をかけて一気に引き裂きにかかった。 「うわっ、残酷」 ティアが思わず口を押さえてうめいた。いくら追撃のチャンスだからといっても、これはないだろう。実際、さしものルイズやキュルケも顔をしかめている。 けれど効果は絶大だったようで、さすがのEXゴモラも痛みに耐えかねてゴモラを振り飛ばした。 転がるゴモラと、起き上がってくるEXゴモラ。すると今度はコスモスが追撃のチャンスを逃すまいと、EXゴモラに挑みかかっていく。 「ハアッ! セヤッ!」 パンチとキックの猛打。コロナモードの燃えるような連撃がEXゴモラのボディを打つ。 〔いくら頑丈でも、少しずつ疲労は重なっていくはず。疲れさせたところでフルムーンレクトで鎮静させよう〕 いくら邪悪な怪獣でも無為に殺すことはない。邪悪なエネルギーを取り除く、その可能性にコスモスはかけていた。 そのころ、ゴモラもようやく起き上がって叫び声をあげていた。その視線の先がコスモスとEXゴモラに向き、鼻先の角にスパークを走らせるエネルギーが満ちていく。ゴモラ必殺の超振動波だ。 コスモスは、ゴモラが超振動波の体勢に入ったことを見て、EXゴモラから距離をとった。そして、ルイズたちが「よーし、いけーっ!」と声援をあげる中で、ついにゴモラは超振動波を発射した。だが! 「グワアァッ!」 ゴモラの超振動波はなんと、EXゴモラだけでなく、コスモスまでも狙ってなぎ払ったのだ。 爆炎と粉塵が吹きあがる中、無防備なところに超振動波を受けたコスモスが倒れ込む。その光景に、思わずルイズは悲鳴のように叫んだ。 「なにしてるの! コスモスは味方よ。アディールでいっしょに戦ったでしょ。忘れたの!」 しかし、愕然としているルイズたちの前で、ゴモラはかまわずに超振動波の第二波をコスモスに向けて放った。 「ヌワアァァッ!」 ダメージを受けていて直撃を避けられなかったコスモスはもろに食らい、そのままカラータイマーの点滅さえも経由することなく、倒れ込むと同時に光になって消滅してしまった。 「コスモスーっ!」 ルイズたちの絶叫がむなしく響く。ゴモラ、なぜこんなことを? それにコスモスは……ティファニアはどうなったのだろう。だが、それを確かめる間もなく戦いは続く。 今度はEXゴモラが体勢を立て直し、そのボディにエネルギーを集中させていく。ゴモラの超振動波をしのぐ、EX超振動波だ。 しかし、ゴモラは避けるそぶりも見せない。そしてEX超振動波は放たれ、ゴモラに直撃。ゴモラはひとたまりもなく吹き飛んだ……かに見えたが、なんとゴモラは何事もなかったかのようにその場に立っていた。 唖然とするルイズたち。そしてあの宇宙人も、ゴモラのあり得ない耐久力に目を見張っていた。EX超振動波はオリジナルよりは弱体化しているとはいえ、ゴモラを粉砕するくらいの威力はじゅうぶんにあるはず。 「馬鹿な……むっ? あれは!」 そのとき、彼はEX超振動波を浴びたゴモラの皮膚が破れて、その下から金属のボディが覗いているのを見て取った。 同時にルイズたちも、あのゴモラが以前のゴモラとはまったく別物だということに気づいていた。 「あのゴモラもニセモノよ! 全身が鉄でできた作り物だわ」 キュルケの叫びに皆もうなづいた。 そう、そのゴモラは全身を宇宙金属で作られているニセゴモラだった。 そして、ニセゴモラを操っている何者かは、ニセゴモラの正体がバレると、にやりと笑ってひとつのスイッチを入れた。 「ふふふ……メカゴモラの性能が、そちらのゴモラと同じと思ったら大間違いですよ」 その瞬間、ニセゴモラの体を白い炎が覆ったかと思うと、炎が消えた後にはニセゴモラの代わりに巨大な鋼鉄の巨獣がそびえたっていた。 息をのむルイズたちと宇宙人。彼らは、その圧倒的な威圧感に戦慄した。そう、コピーロボットの製造がサロメ星人の専売特許だと思ってもらっては困る。EXゴモラがガイアとアグルと戦った時に、すでにデータは採取していたのだ。 シルエットはゴモラに酷似している。しかし、その全身は黒々とした金属で作られ、EXゴモラ以上に見る者に恐怖心を植え付ける。 手首が回転した! 攻撃用マニピュレーターのテストだろうか? 鋼鉄の顎が金属音をあげて上下する。その目には感情がない代わりに、敵を確実に抹殺することだけを目的とする凶悪な電子の輝きが宿っている。 すごい奴がやってきた! ゴモラよりも強いゴモラ、メカゴモラの登場だ! 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ零姫さまの使い魔 それは、奇跡と呼ぶには余りにも不可解な状況であった。 敗走する連合を一飲みにせんと、ロサイス近郊まで迫っていた筈のアルビオン軍。 その彼らが行軍を停止してから、はや三日。 事態を不審に思い、密かに斥候に出た殿の部隊が、アルビオン軍の野営地で見たのものは 肩まで土中に埋められ、身動きが取れなくなっている七万の兵士達であった。 一体、何をどうすればこのような状況に陥るのか。 完全に衰弱している者、必死で這い出そうと悪足掻きを続ける者、 始祖ブリミルに祈りをささげる者、互いを口汚く罵り合う者。 兵達の態度は十人十色であったが、一介の傭兵から高級仕官に至るまで、 その地に居合わせた全ての者が、その身を土中へと沈めていた。 部隊を率いていたルイズ・フランソワーズは、ありのままを本営へと報告した。 とても現実とは思えぬ突飛な話に、首脳部も混乱をきたしたが、 圧倒的優位な状況にありながら動こうとしない敵軍自体が、彼女のもたらした情報の正しさを証明していた。 ともあれ、この一連の事態で、アルビオン軍は主力の大半を失い、連合に野戦を仕掛ける事は不可能となった。 戦いは瞬く間にアルビオン首都・ロンディニウムの攻防戦へと推移した……。 大勢は決した。 後に残ったのは、敗色濃厚のレコン・キスタと、補給に難を抱える連合が、 どこで事を手打ちにするかという、政略上の問題のみであり、 戦術面での価値を失った桃色髪の少女は、敵城の陥落を見る事なく、本国帰還の命を受けた。 伝説の虚無の担い手、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの初陣は 結局、ただの物見遊山のみで終わりを迎えたのだった……。 ・ ・ ・ 「ほれ アンタ達が探してたのはこいつだろ?」 手の目が軽々と放った指輪を、キュルケが片手で受け取る。 三日前より幾分小さくなった深水色の宝石が、キュルケの手の中で怪しく瞬く。 水の精霊の力を宿したアンドバリの指輪。 二人が学院を長らく休み、戦乱のアルビオンを訪れたのは、この指輪を手に入れる為であった。 「そいつは人の子が扱うには 余りにとんでもない力を秘めた道具だ 下手な欲は出さずに 無事に持ち主の下へ返してやっとくれよ」 「フン どの口が言うのやら…… 私から言わせれば あの廃人の記憶を覗いて 見様見真似で指輪を使って見せたアンタだって 十分とんでもないと思うわよ」 「よしてくれや くどいようだが あっしのは只の芸さ」 どうかしら、とキュルケがシェフィールドを見やる。 風竜の背に拘束された女は、未だ心定まらずといった風の、憔悴した視線を地面に落としていた。 しばしの間、その様を見つめていたキュルケだったが、その内、ふと胸中の疑問を口にした。 「でも なんだってあんな回りくどい事をしたの? あの女がやったように 七万の兵士を丸ごと寝返らせた方が楽だったんじゃない? 衰弱した四万の味方に加え 三万もの捕虜を抱え込んだんじゃ 連合も城攻めどころじゃ無いでしょうに……」 「何でって…… そこまでやっちまったら あっしもアイツと同じ 只の外道だろ? あっしは別に トリステインの味方ってワケじゃねぇし それに……」 「……それに 連合が勝ち過ぎない方が あなたには都合がいい?」 「!」 傍らのタバサの大胆な発言に、キュルケが思わず目を見張る。 一方、手の目はさして驚いた風も無く、タバサの問いを肯定した。 「まぁね…… 物事が順調に行き過ぎると 欲を出したくなるのが人の業ってもんさ トリステインのお偉いさん達が何を考えてるかは分からねぇが 暫くは外征の余裕が無いぐらいのゴタゴタを抱え込んでいた方が お嬢のためにゃいいだろう」 言いながら、手の目はかぶっていた山高帽をとると、タバサの前へと差し出した。 「手間をかけるが こいつをお嬢に渡しといてくれるかい? あっしが持っているよりも よっぽど役に立つ筈だからね」 「……本当に このまま行く気?」 「そうよ 手の目!」 ずいっと、キュルケが会話に割り込んでくる。 「ルイズとの口論だって お互い演技だったんでしょ このまま本当に出て行ったりしたら あの娘 相当落ち込むわよ」 「別にあんな痴話喧嘩を気にしてるワケじゃァ無いよ ただ 成り行きとは言え お嬢の元には長居しすぎたからね 今回の一件は丁度良い機会と思うのさ あっしも先の戦いじゃ 自分の未熟さを思い知らされたからね あちこち見聞を広げて 己が芸を磨き直してェのさ」 「……これから どうするの?」 「とりあえずはトリステインに戻って それから東かね…… まあ 零戦の件もカタをつけなきゃならねェし その内に学院にも顔を出すようにするさ」 言うが早いか、手の眼は漆黒の外套を羽織り直すと 飄々と二人の前を通り抜けて行った。 「それじゃあ 元気でやっとくれよ お二人さん!」 「手の目ーッ ルイズには便りの一つも送ってやりなさいよ!」 キュルケの叫びに対し、手の目は振り向きもせず 彼女らしい鷹揚さで右手をひらひらと振って応えた……。 ・ ・ ・ 「……それで アンタ達は手の目を黙って見送ったって言うの?」 学院の自室で事情を聞いたルイズは、実に恨みがましい視線を二人に向けた。 「しょうがないでしょ 彼女には彼女の意志があっての事だし それに 彼女をクビにしたのはあなた自身でしょ ヴァリエール?」 「だって あの時はああ言うしか……」 山高帽を受け取りつつ、ルイズが言い淀む。 ルイズが手の目と喧嘩別れしたのは、彼女を無事に逃す為の方便であり、ルイズなりの気づかいであった。 だが、小癪なる当の使い魔は、全て承知の上で狂言に乗り、 主人の預かり知らぬ所で無茶をやった上、一人で事態を解決して、颯爽と消えてしまったというのだ。 ルイズとしては、嬉しいやら情けないやら腹立たしいやら、 高ぶる感情のぶつけどころを失い、一人やきもきとするしか無かった。 「手の目 何だって私に一言も言わず……」 山高帽に視線を落とし、そこでルイズのぼやきが止まる。 何事かに気付いた二人も、思わず帽子を覗き込む。 「タバサ…… これ」 「あ」 ルイズが帽子の中から取り出した封筒に、タバサも驚きの声を洩らす。 おそらくそれは、手の目からルイズに宛てられた、別れの言葉であろう。 「手の目」 震える指先で手紙を取り出し、ゆっくりと紙面を開く。 手の目は一体、どのような想いを込めて、この手紙をしたためたというのか……。 「…………」 読めない。 まったくもって読めない。 書面には、毛筆を使って書かれたと思われる、伸びやかな異国の文字が踊っていた。 改めて考えると、手の目がハルケギニアの文字を勉強している姿を、ルイズは見た事が無かった。 「読めないわよこんなのッ! アイツ バカじゃないのッ!」 手紙を投げ打ち、ルイズが勢いよくテーブルを叩きつける。 突然の剣幕に、ビクン、と二人が身をすくめる。 「ルイズ 落ち着きなさいよ!」 「だって! だって……」 憤怒の形相でキュルケを睨み返したルイズだったが そのうちに、徐々に瞳がうるみ始めた。 「だって こんなのあんまりじゃないッ! アイツはいつだって自分勝手で おせっかいで…… 私 この前のこと まだ謝ってもいないのに行っちゃうなんて」 支離滅裂な言葉を並べながら、ルイズはやがて、メソメソと泣き始めた。 情緒不安定な友人の姿に、キュルケとタバサは互いに顔を見合わせていたが、 意を決したキュルケが、ゆっくりと口を開いた。 「ねぇルイズ 彼女と話をしたいのなら もう一度 呼び出してみてはどうかしら?」 「……え?」 「サモン・サーヴァント」 説明不足なキュルケの言葉をタバサが引き継ぐ。 思わずルイズが、あっと声を上げる。 「そう あなたと手の目は まだ正式な契約を結んでいない…… でしょ? そんな事は 長い学院の歴史の中でも異例の事態でしょうけど でも それならもう一度 彼女を召喚出来るかも知れないわ あなたと彼女の『縁』が まだ切れていないというのなら……」 キュルケの説明を聞き、ルイズの表情が翳る。 もし、魔法が失敗したら、 いや、あるいは、まったく別の使い魔が召喚されてしまったら……。 最悪な予想が胸中を巡り、ルイズは思わず身を震わせたが、 長考の後、きっ、と顔を上げて言った。 「……やる! やってみるわ それだけが アイツともう一度会える方法なら」 ルイズはおもむろに杖を取り出すと、瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸を始めた。 キュルケとタバサも部屋の隅に避けると、固唾を飲んで事態の行方を見守る。 やがて、落ち着きのある澄んだ声で、ルイズが詠唱を始めた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 五つの力を司るペンタゴン! 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」 高まる魔力のほどばしりと共に、杖を前方にかざす。 膨大なエネルギーが徐々に形となり、ゆっくりとゲートの形を成し、そして…… 「う うわあああァァ―――ッ!?」 「え? なっ きゃあああァー!」 どすん、と 突如、ゲートから転がるように飛び出してきた何者かが、 テーブルを蹴散らし、ルイズを勢い良く押し倒した。 「ぐっ…… てぇ~ 何なんだ 一体……?」 「そ それはこっちのセリフ……」 ようやく顔を上げたルイズの瞳が、乱入者の視線と交わる。 困惑した瞳を向ける、黒髪の異装の少年……。 ――いや、かつてルイズは、ハルケギニアではない何処かで、確かにその少年と出会っていた。 色とりどりの魅惑的なネオン。 近代的なビルディングに不釣合いな、雑多な屋台。 血沸き肉踊る、奔放なパーカッション。 異形達が奏でる、百鬼夜行のパレード。 そして……、 「……サイト ヒラガサイト……なの?」 「え? お前……」 ・ ・ ・ 「読めるよ この手紙」 長い長い状況説明の後、件の少年―― 平賀才人は、手の目の手紙を見て、そう言った。 「ほ 本当?」 「ああ やけ古めかしい文字だし 文章も妙に堅苦しいけど…… でも これは間違いなく俺達の国の言葉だ」 才人の言葉に、ルイズの顔が華やぐ。 才人は一つ咳払いをすると、たどたどしい口調で手紙を読み始めた。 「え~…… 拝啓 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール殿……」 ――拝啓、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール殿 貴方がこの手紙を読んでいる頃には、貴方は既に、本当の運命の人と出会っている事でしょう。 先ずはその件、心より祝福致します。 今更言う事でも御座いませんが、貴方と初めてお会いしたときから、手前には、この結末が見えておりました。 つまり、近い将来、貴方の前には本物の使い魔が現れ、偽者の私は貴方の元を去るだろう、と。 どちらが先になるかまでは分かりませんでしたが、要は、今がその時だった、それだけの事で御座います。 尤も、運命に逆らうのも又運命、眼前に敷かれたレールに従う道理などは存在しない訳ですが、 どうにも手前には、今、この時こそが旅立ちの好機と思えるのです。 王道を志す貴方と、芸に生きる私、長く寄り添う事は、互いの為にもならないでしょう。 勿論、今生の別れという訳では御座いません。 佐々木氏の遺言の件も残っておりますし、各地を巡り、己が芸を見つめ直した暁には、 再びトリステインの地を踏もうと考えております。 その時には、酒の席にでも声を掛けて頂ければ幸いです。 最後に、差し出がましい事では御座いますが、御二方の未来を先見した事を報告致します。 先が変わるといけないので詳しくは話せませんが、二人の未来は薔薇色だった、とだけ申しておきます。 今後も貴方の行く先には、様々な困難が付き纏う事でしょうが、自らの信念に従い進むならば、 きっと道は開ける事でしょう。 それでは、短い間ではありましたが、本当にお世話になりました。 近い将来、貴方と再会する日を楽しみにしております。 敬具―― (追伸―― 本当にどうしようもない時には、手前よりも、若旦那の方をお頼りなさい。 ああ見えて、高貴なレディには甘い御方です。 貞淑な態度で涙の一つも見せてやれば、ニヤケ顔で万事解決して下さる事でしょう。) 「――以上 終わり ……しっかし バラ色って言われてもなぁ」 「運命に逆らうのも運命 ねぇ どうするルイズ あいつを探す?」 「ううん……」 朗読が終わった後も、暫く手紙を見つめ続けていたルイズだったが やがて顔を上げ、どこか吹っ切れたような表情を見せた。 「考えてみれば いつまでもアイツに頼りきりってのも冴えない話だし ヴァリエール家に飼い殺しにされる手の目ってのも サマにならないわよね…… うん 決めたわ! 覚悟しておきなさいよ 手の目 いずれ 女王陛下はじめ居並ぶ国賓達の前で アンタの芸を披露してもらうわよッ!」 妙な情熱を燃やし始めたルイズに対し、キュルケとタバサは、やれやれといった風に顔を見合わせる。 そんな二人の事を気にもせず、ルイズは未だ状況が掴めていなそうな少年に視線を向けた。 「そんなわけだから 今日から宜しく頼むわ サイト!」 「え? あ ああ こちらこそ……」 親しげに差し出された右手を、おずおずと才人が握り返す。 ルイズは悪戯っぽい笑みを浮かべると、右腕に力を込め、一気に才人を引き寄せた。 「え ええッ!?」 吐息がかかるほどの至近距離での交錯に、才人の視線がドキリと止まる。 「――五つの力を司るペンタゴン この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」 短く詠唱を唱えると、ルイズはゆっくりと瞳を閉じた……。 ・ ・ ・ 「……などと 格好つけて出てきたまでは良かったが」 店内の喧騒を尻目に、手の目が大きく溜息をつく。 「まさか路銀が足りなくて いまだにトリステイン国内にいるとは思うまい シエスタに連絡を取ってもらって 何とか住み込みの働き口こそ確保したものの……」 手の目が改めて自分の姿を見つめ直す。 いつもの仰々しい着物も、お気に入りの外套も、今は身に纏ってはいない。 フリルの付いたきわどいスカートから伸びる、カモシカのようなスラリとした足。 小ぶりながら形の良い胸元が、今にもこぼれ落ちんばかりに大きく開いた黒のビスチェ。 華やかなハイビスカスの髪飾りで結い上げられた、豊かで艶やかな黒髪。 大胆なスリットから露わになる、白磁のように白い背。 これで口さえ開かなければ、妖精と言っても差し支えないほどの可憐な少女の姿が、そこにあった。 「嗚呼…… こんな姿 お嬢にだけは見せられねェな」 「ほら 手の目 何をブツクサ言ってるのさ! とっととお客さんに酌しなさいよッ!」 「へェ! ただ今」 まとめ役の少女の剣幕に、ヤケクソ気味な愛想を振りまきつつ、手の目が店内を駆ける。 「やぁ お待たせしやした 本日はあっしをお引き立て頂き まことに有難う御座んす おや若旦那 見ない顔だね こういった店は始めてかい? ああ そんなに硬くならなくても良いんだよ やれやれ 初心な御方だ うん あっしかい? あっしは手の目だ 先見や千里眼で酒の席を取り持つ芸人だ 親無し 根無しの浮草家業 あちこち旅をしてきましたが 今じゃちょいと色々あってね ここの店で草鞋を脱いだって訳でさァ へぇ? ここの店に来る前の話しかい はてさて 一体どこから話したもんか……」 ちょっと小首を傾げながら、手の目が右手をかざす。 すると、たちまちその背が縮み始め、 若者が気付いた時には、ようやく十を過ぎたばかりといった風の 小便臭さの残る、こまっしゃくれた童女の姿へと変貌していた。 (手の目の十八番はむしろ、香り立つような色年増に化ける事だったのだが 店のコンセプトから離れ過ぎているためか、客からの評判はすこぶる悪く 現在ではそちらの芸は、店主から使用を禁じられていた) 「そうそう 丁度こんな頃合だ あっしも漸く座敷のイロハを覚え始めたばかりの 小生意気な餓鬼の頃だった あっしが今から話すのは そんな時分に巡り合った やたら奇妙な座敷での 長い長い一夜の噺だ へへ どういう訳だか あっしはこの店じゃ泣かず飛ばずでさァ 若旦那さえ宜しければ 今宵は明け方まで とっぷりと御付き合い下さいやし……」 前ページ零姫さまの使い魔
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第七十話「アルビオン氷河期」 隕石小珍獣ミーニン 冷凍怪獣マーゴドン 凍結怪獣ガンダー 宇宙海獣レイキュバス 冷凍怪獣シーグラ 登場 「……はい。こちらもひどい吹雪でございます、陛下」 ウエストウッド村からそう離れていない地点。ガンダーとマーゴドンの二大冷凍怪獣の引き起こす 猛吹雪によって大地は雪に埋まり、元がどんな地形だったのかは皆目見当がつかない。 その雪原の上に、ローブで全身を包んだ女が雪と風に煽られながらたたずんでいた。かつてアルビオンに 潜入していた謎の女、シェフィールドである。 彼女は傍目から見たら、独り言を唱えているように見える。だが実際は違う。テレパシーとも 言うべき能力によって、ある人物と連絡を取り合っているのだ。 「ガーゴイルを用いたとしても、前に進むだけでも困難な状態です。真に申し訳ありませんが、 仰せつかった“始祖の祈祷書”の回収の任、開始できそうにありません……」 本当に心底罪悪感を抱えている様子で、シェフィールドは謝罪した。 彼女はルイズの持つ“始祖の祈祷書”を強奪する目的で再びアルビオンに現れたのだ。 しかし、行動に出ようと考えていた今日この日に、折悪しく怪獣による異常気象が発生した。 そのためにルイズを見失い、任務遂行が不可能な状態に陥ったのだった。 シェフィールドの脳内に、連絡相手の声が響く。 『それは真に残念であるな。しかし、そんな巡り合わせの悪い日もある。よい、我がミューズよ。 祈祷書の奪取は打ち切り、我が元へ帰ってくるのだ』 「い、いえ。この吹雪がやんでから、改めて虚無の担い手を捜索することは出来ます。陛下がひと言 お命じ下されば、このわたくしめが、必ずや成し遂げてご覧にいれます」 『いや、余の気分が変わったのだ。単に“秘宝”と“指輪”を集めて眺めるより、“虚無”対“虚無”の 対局を指すことにした。その方が面白そうだ。故に必要はない。それに何より……そんな寒い場所に長々と 立たせて、お前が風邪を引いたりしたら心苦しい』 相手の最後の方の言葉を聞いて、シェフィールドは顔を輝かせた。容貌に似つかわしくない、 恋をする少女の顔だった。 「あ、ありがたきお言葉です! ではすぐにあなたさまの御許に馳せ参じます……ジョゼフさま!」 シェフィールドは懐から小さな人形を取り出し、それを足元に放った。 人形は一瞬にして羽を生やした大型の魔法人形ガーゴイルに変化し、シェフィールドは その背にまたがった。シェフィールドを乗せたガーゴイルは飛び上がり、風に逆らいこの場から 飛び去っていった。 知らず知らずの内にシェフィールドに狙われていたルイズであったが、彼女は現在、行方不明の 才人を捜す旅を行っていた。自責の念から一度は自殺も考えたが、ゼロたちとの生活の中で命の 大切さを知った彼女は、自らの命を絶やすその行為が大罪であることを悟り、前を向いて生きることを 遂に発起したのだ。 そう、まだ確実に死んだとは言い切れない才人の行方を捜し出すことを決めたのだ。そのために、 自分を心配してわざわざ様子を見に来たシエスタをお供にして、馬車の旅に出た。 が、しかし、ウエストウッド村に近づいたところで、怪獣たちの猛吹雪に襲われてしまった。 馬は凍死してしまい、ルイズとシエスタは雪の真っ只中に立ち往生するという最悪の状況に 見舞われているのだった。 「うぅ、さ、寒いわ……」 ガチガチと歯を鳴らすルイズ。ありったけの防寒具を着込んでいるが、それが役に立たないほど 気温が低下しているのだ。 顔が青ざめるルイズを、シエスタが励ます。 「ミス・ヴァリエール、しっかりして下さい! 眠ってはいけません。雪の中で眠ったら 命はありません!」 「う、うん……。シエスタ、あなた体力あるのね……」 「田舎育ちですから。このぐらい、なんてことありませんわ」 と言うシエスタだが、実際にはこれは強がりであった。本当は彼女も苦しい。しかしルイズを 激励するために、平気なように振る舞っているのだった。 「この幌馬車、雪の中に埋まりかけてます。このままでは生き埋めですわ。まずは脱出しましょう」 「ええ……」 荷物を持っていく余力はない。二人は着の身着のままで馬車から外へと抜け出した。その直後に、 馬車は幌に積もった雪の重みで押し潰された。 「危ないところでしたね。でも、ここからどうすればいいか……」 さすがに困惑するシエスタ。自分たちの発った町から、もう大分距離があるところに来ているので、 そこに引き返すというのは難しすぎる。この吹雪の中では、方向が分からなくなって遭難することも 十分にあり得る。 一方でルイズは、自分たちの目の前にある森の入り口を見やった。ウエストウッドの森だ。 「確か、この森の中に村が一つあるって話を町で聞かなかったかしら?」 「え? ええ……何でも、身寄りを亡くした子供たちが寄り集まって暮らしてる小さな村があるとかないとか。 でも、人の行き来が滅多になくてほとんど忘れられたところみたいですが……」 「そういう場所にいるんだったら、今の今まで行方不明のままでもおかしくないわね。いえ、それより 今は人のいる場所へ行きましょう。このままじゃ、二人とも凍え死んでしまうわ」 「そうですね……。本当に村があることに賭けましょう!」 ルイズとシエスタは、自分たちが生き残るために森の中へと歩を進めた。 「ガオオオオオオオオ!」 「プップロオオオオオオ!」 マーゴドンとガンダー、二体の怪獣の姿が、才人たちの目にしっかりと飛び込んだ。吹雪の中で 暴風のうなりにも負けないほどの咆哮を上げる怪獣たちの様子は、まるでこちらを挑発しているかのようだった。 怪獣たちの威容を目の当たりにして、子供たちはミーニンやティファニアにしがみついて 大いに震え上がる。ティファニアは彼らを落ち着かせるのに必死だ。 「あいつらの仕業だったんだな……!」 一方で、グレンと才人はガンダーたちを強くにらみつける。この吹雪は自然の天候ではない。 奴らをどうにかしない限りは、自分たちはもちろん、ハルケギニア中の人々が助からないだろう。 しかも、ガンダーはこちらに歩み寄ってきているようであった。ウエストウッド村を踏み潰すつもりか! 「このまんまじゃやべぇぜ! 俺が怪獣を遠ざける!」 そう叫んで家から飛び出していこうとするグレンに、ティファニアが驚愕した。 「そ、そんなの危険すぎます! こんな猛吹雪の中、無謀ですよ!」 事情を知らない者から見れば、グレンの行動はそう見えるだろう。しかし彼の本当の姿は、 熱く燃えたぎる炎の戦士なのだ! 「任せてくれって! みんなはどうにか自分たちの身を守っててくれよ!」 「グレン! 俺も……!」 才人が名乗り出ようとしたが、グレンに手で制された。 「お前はここの嬢ちゃんと子供たちを守ってやってくれ」 でも、と言いかけた才人だが、続きを口に出せなかった。ウルトラマンゼロになれない 今の自分に、巨大怪獣と戦える訳がない。 戸惑っている間に、グレンは素早く玄関から飛び出ていった。 雪原に飛び出すと、グレンは早速変身を行う! 「うおおおぉぉぉぉぉッ! ファイヤァァァァァ―――――――ッ!」 燃え盛る炎の勢いで一気に巨大化し、グレンファイヤーへと変貌した! 赤き戦士が 立ちはだかったことで、ガンダーは足を止めて警戒する。 『とぁッ!』 『むんッ! ジャンファイト!』 更にはミラーナイト、ジャンボットも駆けつけ、グレンファイヤーの左右に並び立った。 『お前たちも来たのか!』 『この一大事、何もしない訳にはいきませんよ』 『今変身の出来ないサイトたちには、指一本とて手出しはさせん!』 頼れる二人の仲間の登場でグレンファイヤーの心はますます燃え上がった。 『こんな寒々しい景色、ぶっ飛ばしてやるぜ! ファイヤァァァ―――――――!』 手の平から火炎放射を飛ばすグレンファイヤー。吹雪と極低温にも負けない灼熱の炎は、 ガンダーをひるませマーゴドンをたじろがせる。 『よぉし、行くぜぇぇぇぇぇぇッ!』 敵をひるませたことで、グレンファイヤーは一気に畳みかけようと駆け出した! 雪原を踏み越え、 ガンダーに猛ラッシュを食らわせようと迫る。 だが途中で、足下の雪から赤い巨大なハサミが飛び出してきた! 『うおわぁぁぁぁッ!?』 『グレン!?』 『グレンファイヤー!』 足をはさまれて前のめりに倒れるグレンファイヤー。ミラーナイトとジャンボットは動揺する。 「グイイイイイイイイ!」 雪の中からハサミがせり出してくる。その正体は、左右で大きさの不揃いなハサミを生やした、 角ばった甲羅を持つカニとエビを足したような甲殻類型怪獣……! かつてウルトラマンダイナをギリギリまで追い詰めた恐るべき宇宙海獣、レイキュバスだ! 『くっ、こんな奴までいやがったのか!』 グレンファイヤーは足を掴むハサミを振り払うが、起き上がったところにレイキュバスが 冷凍ガスを浴びせてくる。 『ぐわあああぁぁぁぁッ!』 その攻撃に悶え苦しむグレンファイヤー。レイキュバスの冷凍ガスはウルトラ戦士の巨体も 一瞬で凍りつかせるほどの恐ろしい威力がある。たとえ炎の戦士のグレンファイヤーといえども、 ただでは済まない! 『グレンファイヤーが危ない!』 ミラーナイトが援護攻撃をしようとしたが、そこに吹雪の間から飛び出してきた、上顎から 太い牙を剥き出しにした恐竜型怪獣が襲いかかってきた。 「ギャァァァアアア!」 『むッ! はぁッ!』 反射的に喉にチョップを叩き込んで返り討ちにするミラーナイト。だが恐竜型怪獣はミラーナイトの 周囲から更に三体も現れ、口から冷凍ガスを吐き出して攻撃してくる! 「ギャァァァアアア!」 『なッ! こんなに怪獣が……うあぁぁッ!』 三方向からの攻撃にどうにも出来ずに、ミラーナイトの身体が凍りついていく。 この怪獣たちの名はシーグラ! シーグラもまた冷凍怪獣である! 『グレンファイヤー! ミラーナイト! 今助け……!』 「プップロオオオオオオ!」 劣勢に立たされる二人を救援しようとするジャンボットにも、ガンダーが襲いかかる。 宙を滑空しながらドリル状の爪でジャンボットの肩を切り裂く! 『ぐわッ! くぅッ、思うように動けん……!』 ジャンボットたちの劣勢は、数の差だけが理由ではない。極低温の猛吹雪の中という、 相手に圧倒的有利な環境でその力を十全に発揮することが出来ないからだ。 『まずは吹雪をどうにかしなければ……!』 ジャンボットは高性能センサーを働かせて、事態打開のためのデータを収集した。 その結果、吹雪の中心がマーゴドンであることが判明。マーゴドンを叩けば、状況は好転するに違いない! 『よし! ジャンミサイル発射ッ!』 そうと分かったジャンボットの行動は早かった。ミサイルを一斉に飛ばし、マーゴドンへと炸裂させる! その爆発と熱でマーゴドンにダメージを与えるはず……。 「ガオオオオオオオオ!」 しかしミサイルの爆発はマーゴドンの身体に吸い込まれていき、火花は瞬く間に消え去ってしまった! 『な、何だと!?』 マーゴドンの冷凍能力は数々の怪獣の中でも頂点に君臨するレベル。あらゆるエネルギーは 絶対零度の肉体に吸収され、ゼロにされてしまうのだ! マーゴドンに爆撃は効かない! 『くッ、どうすれば……ぐわぁぁぁッ!』 「プップロオオオオオオ!」 ジャンボットが逆転の一手を考えつく前に、ガンダーが冷凍ブレスを食らわせた上に張り倒した。 横転したジャンボットは回路が凍りついて、立てなくなってしまった! ゼロのいないウルティメイトフォースゼロは、冷凍怪獣軍団の前に絶体絶命の窮地に追いやられた! 「み、みんなが危ない……!」 三人のピンチを、才人も目の当たりにしていた。焦燥を覚える才人だが、彼らを助ける方法は 何も思い浮かばない。何せ、頼みの綱のゼロは未だに覚醒していないのだ。 (くそぉッ……! どんなに訓練したって、人間の身じゃいざという時に何の役にも立たない……! やっぱり、俺に出来ることなんて何もないのか……!?) 激しい無力感に打ちのめされ、目の前が真っ暗になりそうな才人。 だが、ふと倒れているジャンボットの姿が目に入る。 その時、才人に電流が走った! (そ、そうだ! これが上手く行けば……!) 才人の脳内に、逆転の手段が浮かび上がったのだ! しかしそれを実行するのには、大変な危険がある。果たして自分に、その危険を突破する 力があるのか……。ほとんど無謀な行為なのだ……。 悩んでいたら、後ろの子供たちとティファニアの声が耳に入った。 「テファお姉ちゃん……眠い……」 「ね、寝ちゃ駄目よ! 気をしっかり持って! お願いだからッ!」 子供たちの体力は限界のようだ。 それを知った時、才人は決心した! (力があるのかとか、危険がどうとか、そんなことじゃない! あの子たちの命が消えかかってる! それを救わなくちゃいけない! そうしなきゃ、俺は本当に駄目な人間になる!) 瞳に光を灯し、デルフリンガーを背負ってマントを勢いよく羽織った! (俺は男だ! 人間だ! どんな敵が立ちはだかろうと――勇気を胸に、立ち向かってみせるッ!) 玄関の扉に手をかける才人に、ティファニアが慌てて呼びかけた。 「サイト、何をするの!?」 「行ってくる。今みんなを救うことが出来るのは、俺しかいないんだ」 「む、無理よ! 死にに行くようなものだわ! お願い、やめて!」 必死に制止するティファニア。だが才人の心は、もう変わらないのだ。 「無理なことなんてない! 俺は、諦めない! 不可能を可能にするッ!」 そして一気呵成に吹雪の中へ飛び出していった! 「サイトぉぉぉぉぉ―――――――――――!」 ティファニアの絶叫を背にして、才人は吹雪に逆らい駆けていく。暴風は彼を枝きれのように 吹き飛ばそうと襲い来るが、才人の身体は前へ前へと進んでいく。 (こんな逆風の中で、身体が動く……! グレンに鍛えてもらったからだ! グレン、ありがとう!) 己の肉体が逆風に負けないことを、グレンファイヤーの課した特訓の成果だと才人は考えた。 しかしそれだけが理由ではない。 今の才人の心の中に、雪と氷に負けない熱い勇気と使命感が燃えているからだ! 「くッ……けれど、さすがに目を開けてるのは難しいな……!」 足は動いても、目に雪が入ってくるのは防ぎ難い。才人が視界の確保に苦しんでいると、 背にしているデルフリンガーが呼びかけた。 「相棒、俺がジャンボットまでの方角を指示してやらあ。俺には目ン玉がないからな、雪は関係ねえのよ」 「そうか! ありがとう、デルフ!」 「こんくらいのこと、礼を言われるまでもねえぜ」 デルフリンガーのお陰で、方向を見失うことはない。才人は感謝するとともに、デルフリンガーが 一緒にいてくれることでもっと勇気をたぎらせた。 (俺は一人じゃない……! 一人じゃないなら、何だってやれる気分だ!) だが、雪中を突き進む才人にガンダーが容赦なく襲いかかってきた! 「プップロオオオオオオ!」 「相棒危ねえ! 伏せろッ!」 デルフリンガーの指示でその場に身をかがめる才人。ガンダーがその上スレスレを通り過ぎていく。 『サイト!?』 『くそッ、あの野郎サイトを……!』 ミラーナイトとグレンファイヤーは、才人が外に出ていることに驚き、彼を狙うガンダーをにらみつけた。 しかしレイキュバス、シーグラの猛攻をしのぐのに手いっぱいで、彼を助けに行くことは出来ない。 「プップロオオオオオオ!」 着地したガンダーはなおも才人をつけ狙う。 巨大怪獣に狙われ、追われる恐怖。それは生身の人間には耐えられないほどの、大きすぎる恐怖だ。 心臓が張り裂けてもおかしくないような。 しかし才人は立ち止まらない! 「相棒、走り続けろ! ジャンボットのとこまでたどりつけりゃあ勝ちだ!」 「言われるまでもないぜ!」 才人の勇気は、巨大な恐怖を打ち払うほどに強くなっているのだ! そして才人は走る。執拗に追ってくるガンダーが振り下ろす爪を、吐き出す冷凍ブレスをギリギリの ところでかわし続けながら。一歩間違ったら即あの世行きの、あまりにも危ない橋。その上を駆け抜けていく。 苦しくない訳がない。無理のある回避行動を取りながら前に進むので、脚はパンパン、筋繊維は悲鳴を上げる。 心臓は物理的に破れそうだ。だがその苦しみを、腹にくくった思い一つで抑えつける。 「負けるか……! 人間はッ! お前たちなんかに負けなぁぁぁぁいッ!」 そうして気がついた時には――横たわったジャンボットの顔が目前にあった! 才人は即座にジャンボットに呼びかける。 「ジャンボット! 意識はあるか!?」 『サ、サイトか……!? よくここまで……』 「俺をお前のコックピットに入れてくれ! その力を……俺に貸してくれッ!」 才人の言葉が届き、ジャンボットになけなしの力が宿った。 『力を借りるのは、私の方だッ!』 転送光線が才人を包み、次の瞬間には才人の身体はジャンボットのコックピット内にあった。 「プップロオオオオオオ!」 ガンダーは才人を内部に収めたジャンボットへ詰め寄り、鋭い爪を振り上げる。このままでは、 ジャンボットはズタズタに引き裂かれておしまいだ! しかしその直前、コックピットの中央に立った才人がファイティングポーズを取り、力いっぱいに叫んだ! 「ジャァァァンッ! ファァァァァァァァァイトッ!!」 ガンダーの爪が振り下ろされる! ……その顔面に、ジャンボットの鉄拳がめり込んだ! 「プップロオオオオオオ!」 仰向けに傾き、雪の上に倒れ込むガンダー。それとは反対に、鋼鉄のボディと『心』を持った武人は身を起こした! 『うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!』 システム再起動。回路は瞬時に正常に戻り、黄色い眼に光が灯る! 「行こう、ジャンボット! みんなを救いにッ!!」 冷凍怪獣にも消すことの出来ない勇気の炎を内にしたジャンボットが、雄々しき機体を立ち上がらせたのだ! 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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虚無の曜日。 休日であるこの日、シエスタは朝早く自分の服を掃除し、洗濯する。 一通り部屋の掃除を終わらせた後、マジックアイテムの入ったポーチを腰に付け、マントは畳んで小さなバッグにしまい込む。 一般的なメイジ達よりも小さく作られた杖は、腰ではなく脇の下に下げて、外出の準備を終えた。 魔法学院の裏門で、貴族用に作られた靴よりも丈夫に作られた靴の紐を確認する。 シエスタの曾祖母が伝えたという”ブーツ”という靴らしい。 忘れ物がないか再度確認すると、シエスタは駆けだした。 走りながら考える。 貴族の生徒達と一緒に授業を受け、最初に感じたのは恐怖だった。 何せ貴族の使う魔法は、この世界で無くてはならないものであり、同時に平民を蹂躙する力でもある。 貴族の生徒の中に放り込まれ、シエスタは泣きそうになった。 だが、シエスタという異質な存在を受け入れさせるため、オールド・オスマンはルイズを利用する。 オールド・オスマンは、土くれのフーケを道連れにルイズが起こした爆発の規模を教師陣に説明し、一つの仮説を立てた。 「ミス・ヴァリエールは魔法を『失敗』していたのではなく『暴走』させていたのではないか」 魔法の暴走などという事象は聞いたこともない。 しかし、その破壊力と、自分自身までをも傷つけてしまう危険な魔法がこれから先現れないとも限らないとし、トリスティン魔法学院は既存の魔法だけではなく、文献に残された『特殊なケース』に目を向けることになる。 それが他ならぬオールド・オスマン自身であり、シエスタでもあった。 魔法の原理を研究するため、自身の身体を実験台としていたオールド・オスマンは、まったくの偶然で長寿を手に入れたと説明した。 もちろんこれには『波紋』が関わっているが、その事はロングビルとシエスタ以外には伏せられている。 シエスタの場合は、曾祖母リサリサが『東方より癒しの力を伝えた人物である』と説明することで一応話はまとまった。 この背後には、ルイズの母、カリーナ・デジレの働きもある。 若きメイジ達の育成に細心の注意を払い、未知の現象をただ『失敗』と断じるのではなく、その原因究明に勤めるようにとメッセージが届いたのだ。 また、意外なことに、魔法学院の教師の一人『疾風のギトー』がシエスタを評価してくれた。 疾風のギトーは風系統のメイジであり、風の魔法に強い自信を持っている。 授業が始まれば「風は最強だ」「風に勝る属性はない」ばかりを繰り返し、度が過ぎるためか、同じ風系統のメイジからも煙たがられている。 その評価が変わるのは、ギトーがシエスタを指名した日だった。 「……む、今日から一人多いのだったな、右奥の君」 「はっ、はい!」 「ミス・シエスタだったかな、オールド・オスマンから話を聞いている」 シエスタは突然名前を呼ばれ、緊張して返事が上ずってしまう。 「早速だが、私の属性は風、二つ名を『疾風のギトー』という」 依然、シエスタに視線を向けたままのギトーは、杖を取り出して得意げに言った。 「諸君らの前で、風が最強であることを示そう。折角だ…ミス・シエスタ、君の得意な魔法を私に放ってみたまえ」 「えっ!?」 「オールド・オスマンが言うには、君は特殊な魔法を使うそうだな、良い機会だと思ってね」 シエスタは驚き、慌てたが、そこでキュルケが助け船を出した。 「ミスタ・ギトー。ミス・シエスタは治癒に特化したメイジですわ、そんな彼女に人を傷つけさせようなどと仰っては、疾風の名が泣きますわよ」 キュルケの言葉を聞いて、ギトーが顔を綻ばせた。意外だった。 「ほう!治癒か!これはいい、なら是非それを見せてくれないか」 「えっ…えっと…」 シエスタが困ったように辺りを見回す、すると、窓際に置かれている花瓶に気が付いた。 いつも手入れされている教室には珍しく、何本かの花は枯れかけていた。 シエスタはおもむろに立ち上がり花瓶に手を当てると、呼吸を整える。 そしてオールド・オスマンの言葉を思い出す。 『君はいつも、重い物を持ち上げる時、呼吸を整えてから持ち上げるそうじゃな?それをやってみたまえ』 大丈夫。 何回も練習した。 だから大丈夫。 シエスタは身体の中を流れる”何か”を感じていた。 呼吸をする度に身体の内側から”何か”が流れていく。 呼吸がそれを押し出すように、一定の方向にそれを向かわせるように、ゆっくりと確実に呼吸を整えていく。 生徒達の耳に、コォォォォォォォ…という風のような音が聞こえたかと思うと、花瓶に挿された花に異変が起こった。 つい先ほどまで萎れていた花が、水分を吸収できずに枯れかけて変色した花が、まだ花の咲かぬ蕾のまま腐りかけた花が、だんだんと生気を取り戻していく。 三十秒ほど続けた後、花は生けられた時のように、いや、野に生えるよりも活き活きとその花を咲かせた。 そして教室にふわりと風が舞う、実際には窓の閉められた教室で、魔法も使わずに風が起こるはずはない。 花から漂ってくる香りが、まるで風のように教室中に舞ったのだ。 それと同時に、シエスタの身体が光り輝いて見えた生徒も居たが、目の錯覚だと思い黙っていた。 「素晴らしい…」 ギトーが、呟いた。 ギトーの言葉は生徒達にとって意外なものだった。 何人かの生徒は、シエスタの魔法(波紋)を見て『それぐらい水のメイジなら誰だって出来る』と言おうとしたが、ギトーの言葉にそれを挫かれた。 「諸君、風は最強だ、すべての障難を吹き飛ばし、また風は偏在する」 そう言いながら杖でシエスタの席を指し、シエスタに自席に戻るよう促す。 「だが今の治癒を見て分かるとおり、治癒に適する水の魔法のようなことはできない、風は最強であるが故に攻撃に特化しているのだよ」 それから一時間、授業は皆の予想とは違う方向に進んだ。 相変わらず『風は最強だ』とか『風は何者にも負けない』と繰り返すが、それは攻撃手段としてのもの。 最強だからこそ、『傷』を癒す『水』のメイジを、風の系統が保護してやらねばならないと熱弁していた。 シエスタをからかってやろうと思っていた貴族は出鼻を挫かれたのだ。 不満そうに腕を組んで黙り込んでいたのを見ると、ギトーの言葉に驚いたが納得はしていない様子だ。 授業が終わると、興味を牽かれた生徒達から質問攻めにされ、シエスタはしどろもどろになりながら”波紋”について答えた。 オールド・オスマンから口止めされている部分もあるので、詳しく説明することは出来なかった。 しかし、水の魔法と違い生命を癒す能力に特化していると説明すると、特殊な治癒魔法の使い手として生徒達に受け入れられるのだった。 それには、ルイズの死が関係している。 微熱のキュルケ、風上のマリコルヌ、青銅のギーシュ、香水のモンモランシーは特にルイズのことを良く覚えていた。 常日頃馬鹿にしていた相手が、その失敗魔法が原因で死んだというある種のトラウマがあるのだ。 ルイズは爆発を起こすという特殊なケースだった。 今度のシエスタは、爆発ではなく癒しの力を使う。 ある者からは贖罪のためにシエスタを受け入れ、ある者からは癒し手としてシエスタを受け入れ、ある者は成り上がりの平民を嫌い、そしてタバサは……… 「……もしかしたら」 シエスタの”力”に、一つの可能性を期待していた。 魔法学院から馬で二時間ほどの距離にある、小さな池。 ルイズが死んだと言われている場所だが、オールド・オスマンが言うには、訓練に丁度良い場所らしいい。 シエスタはここで”波紋”の訓練をしろと言われていた。 ここにたどり着くまで、シエスタは馬と大差ない速度で走り続けていた。 そればかりか、途中で休憩すらしていない。 タルブ村にいた頃は、一日がかりで山菜を採りに行くこともあった。 重い荷物を遠くから運んでくることもあった、しかし、これほど長距離を休まず走り続けた事があっただろうか。 シエスタは、自分の身体の中に、不思議な力がわき上がってくるのを実感した。 一通りの訓練を終えて、夕焼けが射す頃に、シエスタは魔法学院に帰還した。 「失礼します」 「鍵はかかっとらんよ、入りなさい」 シエスタはオールド・オスマンに一日の様子を報告した。 訓練の内容、成果、それらを毎日報告しろと言われていたのだ。 今日はロングビルが休みのため、学院長室にはオールド・オスマンとシエスタの二人しかいない。 「よく分かった、やはり水の上に立つのはまだ無理かのう」 「はい…申し訳ありません…」 「……ついこの間まで平民として過ごしていたんじゃ、上達が遅いのは仕方ない。…しかし、こちらにも急がねばならぬ理由があるんじゃ」 「理由、ですか?」 オールド・オスマンは、懐から一冊の本を取り出した。 それは土くれのフーケに盗まれ、ロングビルが持ち帰った『太陽の書』だった。 「それは、この間の本ですね」 「うむ、いいかねミス・シエスタ、これから言うことを誰にも言ってはならんぞ」 「…はい」 オスマンがディティクトマジックを唱え、次にサイレントの魔法を唱える。 」 「君がタルブ村から持ってきた、ひいお爺さんの日記は読ませて貰ったんじゃが…ワシには全部は読めん。この『太陽の書』と同じ、異国の文字で書かれておるようでのう」 「はい、その本も、日記も、ひいお爺さんの生まれた国の文字で書かれてるそうです」 「そうじゃろう、そうじゃろう。そして君はその文字を教わっている…と。」 オールド・オスマンは『太陽の書』のあるページを開き、それをシエスタに見せた。 「このページを読んでみなさい、君なら読めるはずじゃよ」 「はい。えーと…」 『この仮面は人間を吸血鬼に変身させ…』 学院長室に、シエスタの音読する声だけが響く。 しかし、シエスタの声はだんだん小さくなっていき、一ページ読み終わる頃には顔が青ざめていた。 「吸血鬼って、怖いんですね…本当にひいお婆ちゃんが、こんな吸血鬼と戦っていたんでしょうか」 「………ショックを受けるのはまだ早いぞ、これを見たまえ」 オールド・オスマンが差し出したのは小さな箱、中には復元された『石仮面』が入っている。 「これって、この本に書かれている『石仮面』ですか?」 「本物は唇と顎の部分じゃ、他は全部復元した物であって、人間を吸血鬼にしてしまうような効果はないわい」 「そうなんですか…でも、これが存在するという事は、吸血鬼が存在するって事…ですよね」 「まあ、そういう事になるじゃろうな」 「それじゃあ、私は、この石仮面で吸血鬼になった人を……退治するために魔法学院に入学させられたんですか」 オスマンは無言で頷いた。 「無理に、とは言わん、だが、人間と吸血鬼を区別できる魔法など、存在しないんじゃよ。その”波紋”意外にはのう」 「……わかりました、やります、私、自分にできることをします」 「ルイズ様が仰っていました、貴族は貴族の、平民には平民の、一芸に秀でた物には一芸に秀でた物としての役割があるって…ですから、私、精一杯やってみます」 オスマンはにっこりと微笑んだ。 しかし、微笑みの仮面の裏に、途方もない罪悪感があることを、シエスタは知らない。 To Be Continued → 17< 目次
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百三十四話「三冊目『ウルトラマン物語』(その1)」 小型怪獣ドックン 登場 ルイズの精神力を奪い、彼女を昏睡状態にしてしまった六冊の『古き本』の攻略に臨む才人とゼロ。 二冊目の『わたしは地球人』では、暴走した地球人と地球原人ノンマルトの確執にウルトラセブンが 翻弄され、最後には宇宙の追放者となってしまうというゼロにとってこれ以上ないほどの苦い物語で あったが、それでも本の完結には成功した。しかし三分の一が終了した現在も、ルイズにはまだ目に 見えた変化がなかった。 ルイズを救出する本の旅も三日目を迎えた。三冊目の旅に向けて心の準備を固めていた 才人だったが、そこにタバサとシルフィードがやってきた……。 眠り続けているルイズと看護するシエスタ、それから才人たちのいる控え室に入ってきた タバサとシルフィードに対して、才人は一番に尋ねかけた。 「シルフィード、その抱えてる袋は何だ? そんなの持ってたっけ」 シルフィードは何故かズタ袋を大事そうに抱えている。訝しむ才人に、シルフィードは 早速袋の中身を披露する。 「中身はこれなのね!」 机の上で袋を開き、逆さにして振ると、赤く丸っこい物体は転げ落ちてきた。 「キュー! 狭かったぁ」 「ガラQ!?」 それはリーヴルの使い魔である、ガラQであった。才人たちはあっと驚く。 「お前たち、これどうしたんだ?」 「まさかさらってきたんですか、ミス・タバサ!?」 シエスタの発言に、何の臆面もなくうなずくタバサ。 「リーヴルについて、知ってることはないか聞き出す」 「気づかれずに捕まえるのは大変だったのね。このハネジローがパタパターって近づいて 上から鷲掴みにしたのね」 「パムー」 シルフィードの頭の上のハネジローがえっへんと胸を張った。 「よくやるな……。まぁでも、これはありがたいよ。ちょうど聞きたいことがあったんだ」 才人はガラQに対して、真っ先にこう問いかけた。 「ガラQ、見たところお前は生物じゃないな? けどハルケギニアで作られたものでもない。 どこか別の場所で作られた小型ロボットだ。そうだろ?」 ガラQの質感は明らかに有機物ではない上に、ハルケギニアでは見られない材質のようであった。 この問いについて、ガラQはあっさり答える。 「うん。ガラQ、チルソニア遊星で作られたの」 その返答にシエスタたちは驚きを見せた。 「まさかミス・リーヴルの使い魔が、ハルケギニア外の技工物だったなんて!」 「まあおかしな見た目してんなーとは思ったがな」 これを踏まえた上で、才人は続く質問をぶつける。 「じゃあお前、今俺が完結させてる『古き本』の文字を読めるんじゃないか? 宇宙人が 作ったロボットだってのなら、日本語が読めても何らおかしくない」 「読めるよ」 これまたあっさりとした回答だったが、シエスタはまた驚くとともに疑問を抱いた。 「ミス・リーヴルの話では、『古き本』の文字はどれも読めないのではなかったのですか?」 『偽証に違いない』 ジャンボットが断言した。 「嘘吐いてたってこと!? でも何のために?」 シルフィードがつぶやくと、タバサがうつむき気味に答えた。 「リーヴルはやはり何かを隠そうとしている。それにつながりそうな事柄に関しては、知らぬ ふりをしてる。恐らくはそれが理由」 「俺たちに話せないことがあるってか。いよいよきな臭くなってきたね」 デルフリンガーが柄をカチカチ鳴らして息を吐いた。 才人はいよいよ核心に入る。 「それじゃあ……リーヴルが隠してることって何だ? あいつは俺たちに、何をさせようとしてる?」 しかし、肝心なところでガラQは、 「分かんない」 「おま……仮にも使い魔なのに、主人のやろうとしてることを知らないってのかよ! かばってるんじゃないだろうな?」 厳しくにらみつける才人だが、ガラQの答えは変わらなかった。 「ホントに、何も教えてもらってないよ。リーヴル、最近何をやってるのか何も言わない」 「……どういうことでしょうか。使い魔にも秘密にしてるなんて」 シエスタの問いかけに、タバサが考え込みながら答えた。 「何かは分からないけど、よほどのこと」 「でもこの赤いのからは、これ以上何も聞き出せそうにないのね。きゅい」 肩をすくめるシルフィードだが、ガラQはこう告げた。 「でもリーヴル、何だか苦しそう。それだけは分かる」 「苦しそう……?」 『単純に、リーヴル自身に野望とかがあるってことじゃないみたいだな』 ゼロの推測にうなずいた才人は、ガラQに呼びかけた。 「ガラQ、お前リーヴルが心配か?」 「心配……」 「じゃあ俺たちに協力してくれ。リーヴルに何か、やむにやまれぬ事情があるっていうのなら 俺たちもそれを解決してやりたい。だからリーヴルについて何か分かったことがあったら、 俺たちに教えてくれ。約束してほしい」 才人の頼みを、ガラQは快く引き受けた。 「分かった! 約束!」 「よし、頼んだぜガラQ!」 約束を取り交わしたところで、リーヴルが今日の本の旅の準備を整えた旨の連絡が来たのだった。 控え室にやってきたリーヴルは残る四冊の『古き本』を机に並べ、才人を促した。 「それでは始めましょう。サイトさん、本を選んで下さい」 三番目に入る本を、才人がゼロと相談しながら吟味する。 『ゼロ、次はどれがいいと思う?』 『そうだな……。M78ワールドの歴史を題材とした本はあと一冊だ。それを先に片づけちまおう』 本の世界とはいえ、故郷のM78ワールドはゼロにとって活動しやすい世界。それを優先する ことに決まる。 「よし、それじゃあこの本だ!」 「お決まりですね。では、どうぞ良い旅を……」 リーヴルが一冊目、二冊目と同じように才人に魔法を掛け、本の世界の旅へといざなっていった……。 ‐ウルトラマン物語‐ ここはM78星雲ウルトラの星、クリスタルタウン。その外れの渓谷地帯で、一人の幼い ウルトラ族の少年が熱意を滾らせていた。 「よぉーし! 今日も頑張るぞー!」 彼の名はウルトラマンタロウ。ゾフィーやウルトラマン、セブンら兄の背中に一日でも早く いついて、立派な一人前のウルトラ戦士になることを夢見るウルトラマンの卵である。 「ほッ! やッ!」 谷底に降りたタロウは一人、格闘技の自主練習を開始する。それをひと通り済ますと、 次の訓練に移る。 「よぉし、光線の練習だ!」 タロウは近くの適当な岩を持ち上げると、それを高く投げ飛ばして的にする。 「えぇいッ!」 腕をL字に組んで、タロウショット! ……しかしへなへなと飛んでいく光線は、落下する 岩に命中しなかった。 「駄目かぁ~……! よし、もう一度だ!」 めげずに練習を重ねるタロウだが、何度やってもただ放物線を描くだけの岩に一度も当たらない。 何度か思考錯誤を重ねるも、やはり上手くはいかなかった。 「くぅ~……! 今度は飛行の特訓だ!」 気を取り直してタロウは、崖の上に再度登って空を飛ぶ練習を行う。 「行くぞ! ジュワーッ!」 しかし勢いよく飛び立ったものの、すぐにコントロールを失って谷間に真っ逆さまに転落 していった。 「うわッ!? うわーッ! あいたぁッ……!」 大きくスッ転んだタロウの姿に、どこからか笑い声が起こる。 「ワキャキャワキャワキャ!」 「誰だ!? どこにいるんだ!」 タロウが呼ぶと、崖の陰から緑色の、タロウと同等の体格の怪獣がひょっこりと姿を現した。 M78星雲に生息する怪獣の一体、ドックンだ。 「ワキャキャキャキャキャ!」 ドックンはタロウを指差してゲラゲラ笑い声を上げた。 「あー笑ったな!? 僕だって大きくなったら、兄さんたちみたいな立派なウルトラ戦士に なって、悪い怪獣をやっつけるんだからな!」 憤ったタロウがそう宣言すると、ドックンは余計に笑い転げた。 「ワキャキャワキャキャキャキャ!」 「もぉー! 見てろ、お前を怪獣退治の練習台に使ってやるッ!」 ますます怒ったタロウはドックンに飛びかかり、ボコボコと殴ってドックンを張り倒した。 「ははぁー! どんなもんだーい!」 しかしこれにドックンの方が怒り、起き上がってタロウに逆襲を始めた! 「キュウウゥゥゥッ!」 「う、うわぁー!? 来るなー! 助けてぇー!」 途端に怖がったタロウは一目散に逃げ出すが、ドックンは執拗に追いかけ回す。その鬼ごっこの 末に、タロウは崖の中腹に登って追いつめられてしまった。 「誰かー! 助けてー!」 「キュウウウウウウ!」 降りられなくなったタロウを目いっぱいに脅すドックン。――そこに一人のウルトラ戦士が ふらりと現れた。 『そこまでにしてやりな』 「キュウ?」 振り向いたドックンの頭に、青と赤のウルトラマンがポンポンと手を置いてその怒りをなだめた。 『そいつはもうお前を攻撃するつもりはねぇよ。だからそんなに脅してやるな』 ドックンを落ち着かせた見知らぬウルトラマンを見下ろして、タロウが尋ねかける。 「お兄さん、誰? 何だかセブン兄さんに雰囲気が似てるけど……」 『俺はゼロ。旅のウルトラ戦士さ』 端的に名乗ったウルトラ戦士――ゼロは、タロウを見上げて言いつけた。 『お前はこいつに謝らないといけねぇぜ。お前さんがこいつに乱暴を働いたから、こいつは こんなにもおかんむりだったんだろ』 「でも、そいつが僕のこと笑ったのが悪いんだよ?」 『ちょっと笑われたくらいでムキになるようじゃ、立派なウルトラ戦士になんてなれねぇぜ? 本当に強い戦士ってのは、他人に何と言われようともどっしり構えてるもんさ』 ゼロに諭されて、タロウは考えを改めた。 「……分かった。僕、ドックンに謝るよ!」 『よし、いい子だ。さッ、降りてきて仲直りの握手をしてやりな』 「うん!」 崖の中腹から降りてくるタロウをゼロが受け止め、タロウはドックンと握手を交わす。 「ごめんね、ドックン」 「キュウウゥ」 タロウと握手をして怒りを収めたドックンは、のそのそと自分の住処へ帰っていく。 「さよならー!」 『じゃあな。元気でやれよ!』 タロウとゼロに見送られて、ドックンは渓谷の向こうへ去っていった。それと入れ替わるように、 『ウルトラの母』がタロウたちの元にやってくる。 「まぁ、タロウ! その人はどなた?」 「あッ、お母さん!」 タロウは『ウルトラの母』の方へ駆け寄っていった。……その間に、才人がゼロに囁きかける。 『まさか、あのウルトラマンタロウの子供の姿が見られるなんてな……』 『それも本の世界ならではってとこだな』 この三冊目『ウルトラマン物語』はどうやら、ウルトラマンタロウを主役に据えた成長譚の ようであった。しかしウルトラマンが地球で活躍していた時代に、タロウが子供となっている。 本来ならこの時点でタロウはとっくに大人になっているので、本当ならあり得ないことだ。 『でもそれ以上に驚きなのは……あの『ルイズ』の姿だよ……』 『ああ……。よりによってウルトラの母の役に当てはめられるなんてな……』 ゼロは微妙な目で、ウルトラの母……の役にされているルイズを見つめた。 フジ、サトミのようにこの本でもルイズは登場人物の誰かになり切っていることは予測できたが、 今回はまさかのウルトラの母……。この本はウルトラ族の視点であり、女性が他に登場しないからと 言って、こんなのアリなのだろうか。胴体から下はウルトラ族で、顔はルイズというチグハグ加減 なのでものすごい違和感がある。もうルイズがウルトラの母のコスプレをしているようにしか見えない ので、ゼロと才人は気を抜いたら噴き出してしまいそうで内心苦しんでいた。 そんなゼロたちの心情は露知らず、ルイズはタロウから事情を聞いてゼロに向き直った。 「タロウがお世話になったようで、ありがとうございます。よろしければ、何かお礼を したいのですが……」 『いやぁ、いいんですよ。旅は道連れ世は情けってね』 ゼロが遠慮すると、また新たな人物がこの場に姿を見せた。 「ほう、なかなかの好青年だな。顔立ちも含めて、セブンを彷彿とさせる」 「お父さん!」 頭部に雄々しい二本角を生やした、偉丈夫のウルトラ戦士。タロウが父と呼んだその ウルトラ戦士こそ、宇宙警備隊大隊長にしてタロウの実父であるウルトラの父だ。 ウルトラの父はゼロを見据えると、こう切り出してきた。 「君は旅の者だそうだが、不躾だが一つ頼みごとがある。聞いてもらえないかな」 『何でしょう?』 「見たところ、君は結構……いや相当腕が立つと見た。それを見込んで、このタロウに稽古を つけてやってほしいのだ。今のタロウには練習相手がいない。私もいつも面倒を見てはやれない ので、少し悩んでいたのだ。どうだろうか?」 「えぇッ!? 僕が、この人に?」 「まぁ、あなたったら。いきなりそんな無理をお願いするなんて、失礼ですよ」 ルイズはウルトラの父をたしなめたが、ゼロは快諾した。 『いや、いいですよ。新たなウルトラ戦士の誕生にひと役買えるってのなら、こっちとしても 望むところですよ!』 「おお、やってくれるか! ありがとう!」 「まぁ、本当ですか? 重ね重ね、どうもありがとうございます」 ゼロの承諾にウルトラの父とルイズは喜び、タロウもまた諸手を挙げる。 「わーい! 僕に先生が出来たー!」 「よかったな、タロウ。彼の下で一層訓練に励んで、早く立派なウルトラ戦士になるんだぞ」 「あんまり失礼のないようにしてちょうだいね。常にウルトラ戦士の誇りを持って、恥ずかしい ことのない振る舞いを心がけなさい」 「うんッ! 僕頑張るよ!」 タロウ親子の微笑ましい家族の会話。ゼロも思わず苦笑したが、同時につぶやく。 『何だか複雑な気分だな……。俺があのタロウの先生だなんて。立場が逆転してるぜ』 現実のタロウは、ゼロの訓練生時代から宇宙警備隊の筆頭教官の立場に就いていた。ゼロは 故あってレオの管理下に置かれ、タロウから教えを受けていた時間は短かったが、それでも 確かに立場が現実世界とそっくり入れ替わっている。 それはともかく、幼きタロウはゼロの前に立って、深々とお辞儀した。 「これからよろしくお願いします、ゼロさん!」 『ああ、こっちこそビシバシ行くからな! 覚悟しとけよ!』 この本を完結させるには、タロウを一人前のウルトラ戦士に育て上げるのが最も手っ取り 早い道のようだ。ゼロは張り切ってそれに取り掛かることにした。 そして始まる、ゼロからタロウへの指導。レオ仕込みのスパルタ教導は、タロウ相手でも 手を緩めることを知らなかった。 「やぁッ!」 ゼロが放ったゼロスラッガーを標的にして、タロウがタロウショットを撃つが、静止している スラッガーにもかすりもしない。 『駄目だ駄目だ、そんなんじゃ! まるで腰が入ってねぇぜ! 射撃は土台がしっかりしてねぇと 照準なんて絶対合わねぇ。腕じゃなくて、身体全体で射線を固定するんだ!』 「は、はい!」 タロウはゼロの指示通りに腰を据えて、じっくりと撃とうとするが、スラッガーの動きが 変わって自分に向かって飛んできたので思わずのけぞる。 「うわぁッ!」 『ひるむな! 攻撃するのをじっと待ってる奴なんかいやしねぇ。敵は必ず反撃してくる! いちいちビビってたら戦いになんかなりゃしねぇぞ。恐れずに相手の動きをよく見て、 しっかりと当てていけ!』 「わ、分かりました!」 厳しいながらも的確な指導を受けて、タロウはスラッガーの軌道をよく観察する。 『そこだッ!』 そして飛びかかってきたところを射撃。初めて光線が命中した。 「やったぁー! 当たったぞぉ!」 『よーし、その調子だ! どんどん行くからな!』 タロウに対するゼロの特訓は進む。……本の世界の時間経過は早い。物語が進むにつれ、 タロウは少年の姿からみるみる内に青年の姿へと変わっていった。 しかしゼロもそうそう簡単には抜かれない。タロウとの組手であっさりと一本を取る。 「うぅッ! 一撃も当たらない……!」 『小手先の動きに惑わされるから当たらねぇのさ。視点はもっと広く取って、戦う相手の 全体を見ろ! 集中力も足りねぇぞ。自分のやってる戦いの意味は何なのか、何を背にして 戦ってるのか、それを思えば集中できねぇなんてことはないはずだッ!』 「はいッ!」 ゼロに熱心に鍛え上げられ、タロウの実力はめきめきと上がっていった。そしてその末に、 タロウ念願の時がやってきたのだった。 「ゼロさん! 父さんから指令がありました。私が地球に派遣される時がやってきました!」 『そうか、やったじゃねぇか!』 「はい! 今地球では、メフィラス星人がセブン兄さんに倒されたエレキングを復活させて 暴れさせてるようです。その退治を私が行うことになったんです!」 メフィラス星人にエレキングとは、現実ではほぼ接点のない組み合わせ。まぁそれはいいだろう。 『遂に初めての実戦ってことだな。けど本当の戦いってのは、どんな訓練よりも険しいもんだ。 お前のことは随分と鍛え込んだが、だからって一瞬たりとも油断すんじゃねぇぞ』 「承知してます! それでは私の初陣、どうか見守っていて下さい!」 『ああ。俺も後から地球に行く。そこでお前の戦いぶりをじっくりと見物させてもらうぜ。 張り切って使命を果たしな!』 「お願いします! タァーッ!」 ゼロに一礼すると、タロウは両腕を高く振り上げて宇宙へ向けて飛び上がった。 いよいよタロウのウルトラ戦士としての初戦の時が来た。悪い怪獣をやっつけて、地球を 守るのだ! がんばれ、ウルトラマンタロウ! 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 ふたりのウルトラマンの参戦によって、戦いは一気に流れを変えだした。 だが、この戦いを見守る黒幕は、この状況を見てむしろ楽しそうに笑っていた。 「すごいすごい、さっそくウルトラマンがふたりも駆けつけてきましたよ。まったくこの星は恐ろしいですねえ、ひ弱な私にはとても侵略など思いもできませんよ」 まるで他人事のような気楽な態度。自分が送り出した怪獣がやられそうだというのに、まるで気にした様子を見せていない。 隣のジョゼフは無言で、なにかをじっと考え込んでいる。シェフィールドが心配そうにのぞき込んでいるが、まるで気づいている様子さえない。 ジョゼフにここまで深刻に考えさせるものとはなにか? そして黒幕の宇宙人は、手を叩いて愉快そうにしながらクライマックスを告げた。 「おやおや、そろそろ決着みたいですね。王様、見逃すと損をしますよ。私も私の世界にはいないウルトラマンがどんな必殺技を繰り出すのか、もうワクワクしてるんですから」 だがジョゼフは答えず、視線だけをわずかに動かしたに過ぎない。 そしてそのうちにも、戦いは黒幕の言った通りに終局に入ろうとしていた。 まずは怪獣たちに先んじて、ワルドが引導を渡されようとしていた。 「くっ、弱いくせにしぶとさだけは一人前だな」 「伊達に猛訓練してきたわけではないのでね。これくらいでへばっていたら、もっと怖いおしおきが来るのさ」 ギーシュたちは三人がかりでワルドの遍在ひとりと対峙していた。互角、と言いたいところだがさすがワルドは強く、ギーシュたちは苦戦を余儀なくされているが、ワルドとて楽なわけではない。 「だが、いくら粘っても私の遍在ひとつ倒せないお前たちに勝機はないぞ」 「それはどうかな? ぼくらはただの時間稼ぎだったことに気づかなかったようだね。ルイズ、いまだ!」 「ええ、あんたたちにしちゃ上出来ね。『ディスペル!』」 合図を受けたルイズが詠唱を終えて杖を振り下ろすと、杖の先から虚無の魔法の光がほとばしり、ワルドの遍在たちを影のように消し去っていった。あらゆる魔法の威力を消滅させる『ディスペル』の魔法の効力だ。 たちまち一人になるワルド。ワルドは、水精霊騎士隊の戦いが、最初からディスペルの詠唱を終えるための囮であったことに気づくが、もう遅い。 「し、しまった」 「ようし、これで邪魔者は消えたな。みんな、袋叩きにしてやれーっ!」 いくらワルドでもひとりで才人をはじめ水精霊騎士隊全員とは戦えない。悪あがきのライトニンググラウドも才人のデルフリンガーに吸収され、後にはワルドの断末魔だけが響いた。 唯一、救いがあるとすればルイズが冷酷に言い放った一言だけだろう。 「とどめは刺すんじゃないわよ。そいつには吐かせなきゃいけないことがたくさんあるんだからね。まあ、アニエスの尋問を受けるのに比べたら死んだほうがマシかもしれないけど」 まさしく『烈風』の血を引く者としての苛烈な光を目に宿らせたルイズの冷たい笑顔が、ワルドが気を失う前に見た最後の光景であった。 そして、怪獣たちにもまた最後が訪れようとしている。 「ダアアッ!」 ガイアがアブドラールスを宿営地の外側へと大きく投げ飛ばす。そして、無人の空き地に落ちたアブドラールスに向けて、ガイアは左腕にエネルギーを溜め、右手を交差させながら持ち上げると、そのまま腕をL字に組んで真紅の光線を放った。 『クァンタムストリーム!』 光線の直撃を無防備に受けて、アブドラールスはそのまま大爆発を起こして四散した。 さらに、ダイナも空を飛び交うサタンモアとの空中戦の末、両腕を広げてエネルギーをチャージし、全速力で突進してくるサタンモアに対してカウンターで必殺光線を放った。 『ソルジェント光線!』 頭からダイナの必殺技を浴びたサタンモアは火だるまになり、そのまま花火のように爆発して宿営地の空にあだ花を残して消えた。 ダイナはガイアのかたわらに着地し、「やったな」というふうに肩を叩いた。 だが、ガイア・我夢は素直に喜ぶことができなかった。 〔どうした我夢? どっかやられたのか〕 〔いや、本当にこれで終わったのかなと思って。なにか、あっけなさすぎると思って〕 ガイアもダイナもたいした苦戦をしたわけではない。ふたりともカラータイマー、ガイアの場合はライフゲージではあるが、青のままで余力たっぷりだ。 念のために周りを探ってみたが、別の怪獣が潜んでいる気配もない。こちらがエネルギーを消費したところへ追撃が来るというわけでもなさそうだ。Σズイグルのように罠を残していった様子もなかった。 アスカも、言われてみれば楽に勝てすぎたと思い当たったようだが、彼にもそれ以上はわからなかった。 しかし、ウルトラマンの活動限界時間は少ない。考えている時間はなく、ふたりともこれ以上余計なエネルギーを消耗するわけにはいかないと飛び立った。 「ショワッチ」 「シュワッ」 ガイアとダイナはガリア兵たちの歓声に見送られて飛び去り、宿営地に安全が戻った。 兵たちは秩序正しく動き出し、被害箇所の復旧や負傷者の救助に当たり始めた。 そんな中で、タバサは連行されていくワルドの姿を見た。すでに大まかな報告はタバサのところに上がってきており、概要は知っている。 だが、タバサもまた解せない思いでいた。 「おかしい……」 「ん? なにがおかしいのね、おねえさま」 「ジョゼフの仕業にしては、あっさりしすぎてる……」 シルフィードにはわからないだろうが、ジョゼフという男を長年見続けてきたタバサには、これがジョゼフのしわざとは到底思えなかった。 確かにふたりのウルトラマンは強かった。それに、才人やルイズたちが強いのも友人のひいき目はなくわかっているつもりだ。だがそんなことはジョゼフなら当然わかるはずで、力押しならば圧倒的な戦力を背景にした上で、そうでなければ裏をかいて悪辣な何かを仕組んでいるのが常套だ。 しかし、今回は怪獣たちは特に強化された様子もなく、ワルドも前のままの実力であっさりと捕らえられてしまった。追い詰められて手段を選んでられなくなったのか? いや、それはない。ジョゼフがそんな暗愚の王ならば、とっくの昔に仇は討っていた。けれど、ここが陽動でほかの場所で事件が起きたという知らせもなく、タバサもまた公務に忙殺されていった。 激震が起きたのは、その翌日である。 その日、ルイズは才人を連れてトリステイン王宮を訪れていた。もちろん昨日の顛末を女王陛下に報告し、さらに今後のことを話し合うためである。 「女王陛下、ルイズ・フランソワーズ、ただいま参上つかまつりました」 謁見の間には、アンリエッタのほかにタバサも先にやってきていて、王族同士ですでに話をつめていたようだ。 なお、ウェールズは今はアルビオンに戻っている。アルビオンもまだまだ安泰というわけではないので当然だが、新婚だというのに別居せねばならないアンリエッタのことをルイズは痛ましく思った。平和が戻った暁には、トリステインとアルビオンを夫婦で交互に行き来して統治するつもりだというが、一日も早くそうしてあげたいと切に願っている。 今日はこれから、捕縛したワルドから引き出した情報を元にしてジョゼフへの対抗策の原案を練る予定となっていた。だが、謁見の間に深刻な面持ちで入ってきたアニエスの報告を受けて、一同は愕然とした。 「ワルドの記憶が消されている、ですって!?」 ルイズは思わず聞き返した。ほかの面々もあっけにとられている中で、アニエスは自分も納得できていないというふうにもう一度説明した。 「目を覚ましたワルドを、考えられるあらゆる方法で尋問したが、奴は錯乱するばかりで何も答えようとはしなかった。そこで、まさかと思って水のメイジに奴の精神を探ってもらったら、どうやら奴はここ数年来の記憶をまとめて消されてるようなのです」 「ここ数年ということは、つまりトリステインに反旗を翻したことも、昨日のことも……」 「ええ、きれいさっぱり忘れてしまっています。嘘をつけないように、それこそあらゆる手を尽くしましたが、結果は同じでした」 アニエスの言う「あらゆる手」が、どんなものであるか、才人は想像を途中で切り上げた。ここは現代日本ではない、悪党へのむくいも違っていてしかるべきだ。 しかし、記憶が消されているとは。アニエスは説明を続ける。 「恐らく、敗北したら記憶が消去されるようになんらかの仕掛けがされていたのでしょう。魔法か、薬物か、催眠術か……今、調査を続けておりますが、奴の記憶が戻る望みは薄いと思われます」 「口封じというわけね……けど、おかしいわね。口封じのためなら敗北したら死ぬようにしておけば、一番確実で安全でしょうに?」 ルイズは、なぜワルドを生かして捕らえさせたのかと疑問を口にした。 記憶が消されているのはやっかいだが、戻る可能性が皆無というわけではない。たとえば何らかの魔法、今も行方不明のアンドバリの指輪でも使えば強固な精神操作は可能であろうが、ディスペルを使えば解除は可能だ。そのくらいのことをジョゼフが予見できないとは考えられない。 なら、記憶を消されたワルドにはまだ何か役割があるということか? アンリエッタはアニエスに、念を押すように尋ねた。 「アニエス、死んだはずのワルド子爵ですが、本当に死んだところを確認したのですね?」 「はい、あのとき奴の心臓をこの手で確実に……そして怪物と化した後はウルトラマンAが倒したのをこの目で確認しました。あれで、生きているわけがありません」 「しかし、現に子爵、いえ元子爵は生きた姿で帰ってきました。シャルロット殿、あなたはどう思われますか?」 話を振られたタバサは、自分もいろいろと考えていたらしく、仮説を口にした。 「まだ、はっきりしたことは言えないけど。可能性としては、前にあなたたちが倒したワルドが偽物だった、スキルニルなどを使えば精巧な偽物は不可能じゃない。第二に、ワルドに似せた別人を自分をワルドだと思わせるように洗脳した。ほかにもいくつか仮説はあるけれど、どれも『なぜこのタイミングでワルドを送り込んできた』かの説明ができない。腕の立つ刺客なら、ジョゼフはほかに何人も雇えるはず」 確かに、タバサを始末するだけならあんな派手な攻撃は必要ない。むしろひっそりと暗殺者を送り込むほうが安全で確実だ。なにより、ワルドはルイズたちへの雪辱に気を取られてタバサには目もくれていなかった。 ルイズや才人も、納得のいく答えが出なくて悩んでいる。才人は、なにかあったらまたその時に考えればいいんじゃね? という風に笑い飛ばそうかとも思ったが、自分の手で確実に葬ったはずの奴が当たり前のように戻ってきたと思うと、やはり不愉快なものがあった。そんなにしつこいのはヤプールと、いいとこバルタン星人くらいでいい。 残された手掛かりはワルドのみ。今もミシェルがやっきになって調査をしているものの、あまり期待はできそうにない。 タバサはアニエスに対して、もう一度尋ねた。 「あのワルドという男、本当にあなたたちの知っているワルドそのものなの? スキルニルで作られた複製、あるいはアンドバリの指輪で操られている死人という可能性は?」 「ない! 女王陛下への報告の前に、あらゆる手立ては尽くした。魔法アカデミーにも頼んで徹底的にな。あれは間違いなくワルドだ。生きた人間だ!」 アニエスはいらだって大声で答えた。彼女とて信じられないのだ、確実に死んだはずの人間がまた現れる。そんなことは、先の始祖ブリミルの一件だけでたくさんだ。 しかし、完全に秘匿されているはずのこの部屋を、こっそりと覗き見ている者がいた。 それは窓ガラスに張り付いた一匹の蛾。それが魔法で作られたガーゴイルであれば、部屋のディテクトマジックに引っかかっていだろうが、あいにくそれは科学で作られた超小型のスパイロボットだったのだ。 その情報の行く先はもちろんガリアのヴィルサルテイル宮殿。そこでジョゼフとシェフィールドを前にして、黒幕の宇宙人は高らかに宣言した。 「ウフハハハ! 聞きましたか王様? 間違いなく生きた人間そのものだそうですよ。これで、私の言うことを信じていただけますね! では、始めていただけますね。約束しましたよね?」 「ああ、やるがいい……ミューズ、出かけるぞ。支度しろ」 「ジョゼフ様……はい、仰せのままに……」 グラン・トロワから飛行ガーゴイルが飛び立ち、ジョゼフを呼びに来た大臣が騒ぎを起こすのはその数分後のことである。 そして時を同じくして、トリステイン王宮でも事態は急変していた。 突然、謁見の間の窓ガラスが割れて、室内に乾いた音が響き渡る。 「女王陛下!」 「ルイズ、俺の後ろにいろ!」 敵襲かと、アニエスはアンリエッタをかばって剣を抜き、才人もルイズをかばって同じようにする。もちろんタバサも愛用の杖を握って、女王ではなく戦士の目に変わった。 しかし、敵の姿は見えず、代わってガラスの破片の中からジョゼフの声が響いた。 『シャルロットよ、お前の屋敷で待っている。戦争を止めたければ、来い』 それが終わると、ボンと小さな爆発音がして静かに戻った。 いまのは、いったい……? 唖然とするルイズや才人。だが、タバサはわかっていた。わからないはずがなかった。 「ジョゼフ……」 あの男の声を、父の仇であるジョゼフの声を聴き間違えるはずがない。 だが、ジョゼフの声にしては珍しく落ち着きがなく、動揺が混じっていたように感じられたのはなぜだ? しかしタバサの中の冷静な部分の判断も、抑え込み続けてきた怒りの前にはかなわなかった。 謁見の間の窓ガラスを自ら叩き壊し、ベランダに出たタバサはシルフィードを呼び寄せた。もちろんルイズや才人が慌てて引き止めようとする。 「待ってタバサ! あなた、どこへ行くつもり?」 「ジョゼフが待ってる。わたしは、行かなきゃいけない」 「なに言ってるのよ! これは間違いなく罠よ。あなたならわかるでしょう」 「たとえ罠でも、これはジョゼフを倒すまたとない機会。たとえ刺し違えても、あの男をわたしは倒す。わたしがいなくてもガリアは……さよなら」 飛びついて止める間もなく、タバサはシルフィードで飛び去ってしまった。こうなると、シルフィードに追いつけるものはそうそう存在しない。 「タバサ! ああ、もうあんなに小さく。アニエス、竜かグリフォンを、って、それじゃ間に合わない。シルフィードより速いのなんてお母様の使い魔くらいしか、お母様は今どこ?」 「カリーヌどのは昨日の襲撃の検分のために、ちょうどお前たちと入れ違いになった。お前こそ、前に使ってみせた瞬間移動の魔法はどうした!」 「遠すぎるしシルフィードが速すぎるわ! もう、あの子ったら我を忘れちゃってるわ。こんなときに限って、キュルケもいないんだから、もう!」 「落ち着け! 追いつけなくても追いかけることはできる。シャルロット女王はどこへ向かった? 飛び去ったのはリュティスの方角ではないぞ」 アニエスに言われて、ルイズははっとした。あの方向は、まっすぐ行けばラグドリアン湖……そしてキュルケから聞いたことがある。ラグドリアン湖のほとりには。 「旧オルレアン邸……タバサの実家だわ!」 ジョゼフの言葉とも一致する。そこだ、そこしかないと才人とルイズは飛び出した。 同時にアンリエッタもアニエスに命じる。 「アニエス、伝令を今連絡がとれる味方すべてに出しなさい。あらゆる方法を使って、ラグドリアン湖の旧オルレアン邸に急行するのです! シャルロット殿を死なせてはなりません!」 伝書ガーゴイル、その他思いつく限りの方法がトリステイン王宮から放たれる。 そして、急報を受けてトリステインのあらゆる方向からタバサに関わりのある者たちが飛び立っていく。目指すはオルレアン邸、前の戦いの疲れも癒えないままに、それはあまりにも唐突で早すぎる決戦かと思われた。 しかし、いかに彼らが急ごうとも、タバサに先んじてラグドリアンまでたどり着ける位置と方法を有している者は、ウルトラマンさえいなかった。 オルレアン邸の現在はギジェラに破壊されて以降、放置されたままの廃墟の姿をさらし続けている。 タバサは飛ばされる理由もわからずに飛んでいるシルフィードに乗って、自分の家であり、かつて異世界に飛ばされる場所になったそこに帰ってきた。 「ここで待っていて」 タバサは門の前にシルフィードを残すと、ひとりで邸内へと入っていった。 敷地内は雑草で覆われ、焼け落ちた邸宅はつるに巻き付かれて荒れ放題な様相を見せていた。 女王のドレスに身を包んだままのタバサは、油断なく杖を構えながら庭を進んでいく。かつて幼い日には家族と遊びまわった庭、ジョゼフが弟を訪ねて遊びにやってきたことも何回か覚えている。 そう、オルレアン公と王になる前のジョゼフは、庭の一角にテーブルを広げ、よくチェスに興じていたものだ。思えば、チェスに関しても無類の強さを持っていた父が「待った」をしていたのはジョゼフを相手にだけだったかもしれない。 そしてその場所で、ジョゼフはひとりで立って待っていた。 「来たなシャルロット……ここも変わってしまったな。俺がここにやってきたのは、ざっと五年ぶりくらいだ。あの頃のお前はまだ妖精のように小さくて、来るたびにシャルルの奴が娘の自慢話を長々と聞かせてくれたものだ」 「呼ばれたから、来た。なにを、企んでいるの?」 「そう警戒するな。別に罠などは仕掛けていないし、ここにいる俺はスキルニルでも影武者でもない俺本人だ。お前より先にリュティスからここに来るのは、少々骨を折ったぞ」 ジョゼフは杖も持たずに棒立ちでタバサの前に無防備でいた。 対してタバサは油断せずに、全神経を研ぎ澄ませてジョゼフと自分の周囲を観察している。 伏兵が潜んでいる気配は特にない。目の前の相手も、こうして確認する限りではジョゼフ本人に間違いはない。だが、一気に魔法を撃って仕留める気にはならなかった。ジョゼフも虚無の担い手であることは判明している。下手な攻撃は返り討ちに合う危険性が高い。 だが、洞察力をフル動員してジョゼフを観察しているタバサは、違和感を覚えてもいた。なにか、声に余裕がなく、焦っているように感じられる。あのジョゼフが焦る? まさか。 「ここはわたしの家、客人は来訪の用件を言ってもらう」 「フ、たくましくなったものだなシャルロット。用事は簡単だ。お前にひとつ、相談したいことがあってな」 「相談? 冗談はよして」 「冗談ではない、俺は本気だ。実は今、真剣に悩んでいることがあってな。お前にもぜひ意見をもらいたいんだ」 信じがたい話だが、ジョゼフが嘘を言っているようには思えなかった。だがジョゼフの口から出る言葉が、まともなものとはとても思えなかった。 このまま問答無用で仕留めにかかるか? 相談とやらが何か知ったことではないが、それを聞けばまず間違いなく自分が不利になる。 しかし、タバサが決断するよりも早く、ジョゼフがつぶやいた一言がタバサの心を大きく揺り動かした。 「……」 「……え?」 タバサの表情が固まり、心臓が意思に反して激しく脈動し始めるのをタバサは感じた。 ジョゼフは今、なんと言った? まさか、いやそんな馬鹿な。だが、それならジョゼフの焦りの説明もつく。そうか、あれはすべてこのために用意された伏線だったのか。 呼吸が荒くなり、杖を持つ手が幼子のように震えだす。それは、どんな悪魔のささやきよりも深くタバサの胸へと浸透していった。 その間にも、才人たちは全速力でオルレアン邸へと急行しつつある。 けれど、黒幕のあの宇宙人はそれにも動じることはなく、自分の思い通りに事が進んでいることに高笑いを続けていたのだ。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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人々は夢を見る。それは二つの月が空に浮かぶこの世界でも例外ではない。 夢は時として鮮明に記憶に残ることもあればまた、全くと言っていいほど残らないこともある。もちろんその夢がいい夢であろうと恐ろしい悪夢であろうとも。 時には夢の中での出来事を寝言として口にするものもいる。 ここ数日サイトは眠れない夜を過ごしていた。理由は本人もよく分かってなく、「まあすぐに寝付くだろう」と軽く考え、しばらく目を閉じ水聖霊騎士団のことや今後のことなどを考えたりしていた。 また最近はバタバタしており一人でじっくり考え事をできるいい機会だと解釈した。 ところが今日はいつもとは少し違うことが起きた。 それは自分の横で眠っている自分の可愛いご主人様――ルイズが何か寝言を呟いたからである。 「ダメ…行っちゃ……ダメ…サイトォ…」 お、俺ぇ!? はっきり言って自分が好きな相手に寝言でもそんなこと言われるとすごく嬉しく心踊る気分である。 「私を…置いていかないで……死んじゃ…ダメェ…」 その言葉を聞いた瞬間サイトは七万のアルビオン軍を止めるためにルイズを眠らせたことを思い出した。 サイトは当時ルイズを死なせないことで頭がいっぱいになり、ルイズがどんな気持ちでいるのかあまり考えれなかった。 もちろんその後のルイズの落ち込み様や自殺の一歩手前まで追い込むほどの絶望感なども考え付かなかったのだ。 そしてルイズはそのことを夢の中で思い出し苦しそうに眠っているのだ。 「わ、わ、私のせいで……サイトが…サイトがぁ…」 そう呟くと途端にルイズの閉じられた瞼から涙が零れ落ちた。 そんな姿を見ると後悔はしないと思っていたあの時の決意が脆くも揺らいだ。 「(ルイズがこんなに悲しむなんて……俺は…)」 ――なんて身勝手なんだ。そう思わずにはいられなかった。 止めどなく流れる落ちる涙を見て、ルイズへの愛おしさが込上げてきて、手がルイズへと近づいていく。 右手をそっと首もとから後頭部へ回し、左手をそっと背中に回しこみ、そしてぎゅっとルイズを抱きしめ、 「俺は、生きてるから…ずっと、側に居るから…だから安心して」 そっと耳元に呟きながら背中をトントンッっと子供を寝かしつける親のように優しくたたいてあげた。 すると、軽く身をよじって再び静かに寝息を立てて眠りについた。 なんだか嫌な夢を見ていた気がする。 それが何の夢だかは思い出せない。 いや、思い出したくないのだろう。思い出したら大切な何かをまた失っていそうで、その夢が現実に起きてしまいそうで…。 そう思わずにはいられなかった。 でもそんな意思とは関係なく勝手に頭には薄らと夢の記憶が再生される。 真っ暗な中で自分の手元には明るく、暖かな『何か』があった。 それは自分が悔しい時、苦しい時、悲しい時、どんな時でも側に居た気がする。 とても、とても大切なその『何か』はいつの間にか自分の中でとてつもなく大きなモノとなっていた。 どんなにひどい扱いを受けようとも、どんなに嫌われるようなことをされても、常に自分の近くにあった。 だが、そんな中でその『何か』は優しく、とても優しく微笑みながら――――消え去った。 その瞬間自分の中の心が半分崩れ落ちたように感じた。 その心の隙間に流れ込んでくるのはとてつもなく大きな後悔と喪失感だった。 嫌な夢。そう思っていると、閉じられた瞼の内側から涙があふれた。 泣いているのは夢の中? それとも現実? まだ覚醒しきってない頭ではどちらか判断はつかず、夢と現実の間を行き来しているとその暖かな『何か』が自分を優しく抱きしめてくれた。 頭の後ろと背中に感じる手の感触。 包み込まれるような暖かさ。 聞こえてくる胸の鼓動。 背中を優しくたたいてくれる心地よいリズム。 そして耳元で聞こえた言葉…。 嬉しかった。悲しみの涙とは違う、『喜びの涙』が流れ落ちる。 そっと薄らと目を開けてみると目の前に迫る服を着た人の胸板。そしていつも側に居る人の臭い……。 ――――サイトだ…。 それを感じると胸の中の喪失感が幸福感で埋められていく。 再び目を閉じて眠りにつく。 夢の中では未だに真っ暗だった。 恐怖や寂しさは感じない。期待いや、自信があった。 必ず来てくれる、帰って来てくれる。そんな不確かな思いがあった。 でも私はそれを信じて疑わない。 だって「もうだめだ」と思った時だって来てくれたもの。悲しい時も側に居てくれたもの。 だから私は信じている。信じていればきっと来てくれる。 ほら、優しい『何か』そう、サイトが、私のところへ…再び……戻って…来てくれたから―――。 夢が覚めた。辺りはすでに明るくなり始めていた。 私は夢を見ていたのだろうか? 内容は覚えていない。 だが、嫌な気持ちではなかった。むしろ嬉しかったのかもしれない。 言いようのない幸福感と暖かさ……。 いい朝だ。そう感じて目を開けるとサイトが私を抱きしめながら寝ていた。 「(い、い、犬ぅぅぅぅ!)」 と顔を真っ赤にして怒りかけたが、なんだか怒る気がしなかった。 「(ま、いっか。なんだか気分がいいし)」 顔はいまだ真っ赤で心臓はドキドキしていたが、逆にそれが心地よくも感じ、また瞼を閉じた。 今日は虚無の曜だしもうしばらくこのままでいよう。 ルイズは眠りについた。――――暖かな『サイト』に包まれながら。 続く…………かな?
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autolink ZM/W03-065 カード名:ウェディングドレスのルイズ カテゴリ:キャラクター 色:赤 レベル:1 コスト:1 トリガー:1 パワー:5000 ソウル:1 特徴:《魔法》?・《虚無》? 【自】[①]このカードがアタックした時、クライマックス置場に「ご褒美」があるなら、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、自分の控え室のキャラを1枚選び、手札に戻す。 【自】アンコール[手札のキャラを1枚控え室に置く](このカードが舞台から控え室に置かれた時、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、このカードがいた枠にレストして置く) …主人と使い魔ってだけじゃなくてもっと確かな絆が欲しいの レアリティ:C illust.ヤマグチノボル・メディアファクトリー/ゼロの使い魔製作委員会 ゼロの使い魔版ゴキゲンな由夢。 ただし、こちらの方は対応CXが回収トリガーであり、レアリティもCで断然入手し易いとかなり便利になっている。 手札アンコール+CXシナジーによる回収の便利さは直枝 理樹等でも証明済み。 また基本サイズもそこそこあり、「ルイズ」?ネームに関するサポートもあるので、アンコール持ち中堅キャラとして単独でもそれなりに戦えるスペックを持つ。 更にサイト&デルフリンガーによりサイズアップが可能であり、そちらのカードも0コストで場に出せたりカウンターに使ったりできる為、バトルに関してはこれまでのレベル1回収系能力持ちの中でも強い方と言える。 ・対応クライマックス カード名 トリガー ご褒美 扉 ・関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 備考 サイト&デルフリンガー 1/0 1000/1/0 赤 ・関連ページ 「ルイズ」?